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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
ちょっと長めのプロローグ
8/421

第八話 飼育

虫が嫌いな方はご注意下さい。本格的に動き出します。

 蚕が孵化してから3日が経った。

「アキラさん、大変です!」

 顔を洗っていたアキラのところへ、血相を変えたミチアが駆け寄ってきた。

「ど、どうしたんだ?」

毛蚕けごが、毛蚕けごが……!」

「な、何かあったのか!?」

 顔を拭くのも忘れ、水を滴らせながらアキラはミチアに手を引かれるまま走りだした。

「ぜんぜん動かなくなっちゃったんです! 桑の葉も食べないし……」

 病気じゃないですか、と急き込んで言うミチアと共に、アキラは『蚕室』である倉庫へと向かった。


「……ああ、これは」

「ね? 動かないでしょう? 毛も抜けちゃってるし……私、何かいけないことをしたんでしょうか? 違う葉っぱ持ってきちゃったとか……」

 黒っぽい毛虫だった幼虫は、その毛もほとんど抜け落ちていた。

「大丈夫」

 泣きそうな顔をしたミチアを安心させるように、アキラは微笑みかけた。

「これは『みん』っていって、脱皮の準備をしているんだよ」

「み……みん、ですか?」

「そう。前にも言ったような気がするけど、昆虫は皮膚が鎧の役目をしているんだ。だから、中身が大きくなろうとする時には『着替え』をしないといけないんだよ」

 ミチアにもわかりやすいように、言葉を選びながらアキラは説明をしていく。

「着替え、ですか」

「そう。と言っても、人間みたいに着替えを外から持ってくるんじゃない、『中』で用意しているんだ。だから動かなくなっているのさ」

 それを聞いたミチアの顔に、安堵の色が広がった。

「じゃあ、大丈夫なんですね?」

 アキラは大きく頷いて見せた。

「うん、大丈夫。1眠だと多分丸1日こうやってじっとしていて、それから皮を脱ぎ始めるはずだ」

「よかったぁ……」

 心底ほっとした、といったミチアの肩を、アキラはぽんと叩いた。

「心配してくれて、ありがとう」

「い、いいえ! わ、私、アキラさんと一緒にこの『蚕』を飼育しているんですから!」

 そう言ってからミチアはアキラに向かい、

「これからもいろいろ教えてくださいね!」

 と言ってぺこりと頭を下げた。そして、

「あ、朝食の仕度ですね! ちょっと待っててください!」

 と言って、ばたばたと足早に駆けていくのであった。

 そんな彼女の後ろ姿を、微笑ましく見つめるアキラであった。


*   *   *


 朝食後、アキラは屋敷の主人であるフィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵に呼び出された。セヴランとミチアも一緒だ。

「アキラ殿、どうだね、ここの暮らしは?」

「はい、おかげさまで大分慣れました」

「それはよかった。……セヴランから聞いたが、順調なようだな?」

「はい。今朝、蚕は『1眠』に入りました」

「いちみん?」

 アキラはここでも、『養蚕』と蚕の一生について簡単な説明をしていく。

「ふむなるほど、それではもうすぐ皮を脱いで一回り大きく成長する、というわけだな?」

「はい」

「それは楽しみだ。今度見に行ってもいいかね?」

「もちろんです。どうぞいらしてください」


 その他にもアキラは幾つかの質問を受けた。主に生活環境についてである。

「アキラ殿がいた世界は進んでいるという話だが、この屋敷を見てどう思うかね?」

「そうですね……」

 一番アキラが気になったのは衛生面だ。

「トイレの屎尿処理が気になっています。今は地下浸透式だと思うのですが、これですと長い間には井戸水が汚染されてしまうのではないかと」

「ふむ。……それは地の精霊の力で浄化されるのではないかな?」

 『地の精霊』。アキラはその単語を聞いて、ああ、と思った。

 ここは魔法があるという世界。そのため、地の精霊、などという存在もいるかもしれないのだ。

 ゆえに、一概に迷信と決めつけるのはよくない、と思ったアキラである。

「ええと……」

 ここ数日、暇な時にいろいろと自分なりに考察していたことを、アキラは口にする。

「地の精霊の力も、汚れが多すぎますと浄化が間に合わなくなると思います。それに、地の精霊に頼り切ってしまうのもよくないことかと」

「ふうむ。……ならば、『地の精霊石』を使うことにするか」

「『地の精霊石』、ですか?」

 初めて耳にする単語に、オウム返しに聞き直してしまうアキラ。

「うむ。腐敗した地を浄化してくれる働きがある。それなりに高価だが、手に入らないようなものではない。出入りの商人に申しつけておこう」

「恐れ入ります。そうした配慮により、引いてはお屋敷の皆さんの健康管理にも繋がるかと思います」

「うむ、それよ。アキラ殿、蚕の飼育を任せているが、その合間でよい、こうした助言を頼めぬか?」

「はい、それはもちろん」

 世話になっている身であるし、何より生活環境の向上は望むところである。アキラは快諾した。


「あ、でしたら、井戸の整備もなさった方がよろしいかと」

 もう1つ気が付いたことをアキラは口にした。

「井戸だと?」

「はい。……少なくとも、庭にある井戸は開放されていますよね。あのままですと非衛生的です」

「なるほど、今の屋根では駄目か?」

「はい。雨は防げるでしょうけれど、虫やゴミが入るのは防げません」

「ならばどうする?」

「……ポンプをつければいいのでしょうけれど……」

 アキラはポンプの構造を知らなかった。

「蓋をしておき、水を汲む時に外して使う、とすればかなり違うかと思われます」

「なるほどのう。それなら簡単だから、さっそく実行させよう。……セヴラン、よいな?」

「は、大旦那様」

「それから、領民にも伝えておけ」

「承りましてございます」


 フィルマンは時計にちらと目をやると、上機嫌でアキラに告げた。

「アキラ殿、もっと話を聞いていたいが、そうもいかんようだ。なかなか有意義な時間であった。また時々話を聞かせてくれ。……ああ、それに、改善すべきことに気が付いたなら、セヴランに申しつけてくれて構わん」

「ありがとうございます」

 そしてフィルマンはまたセヴランに、

「裁量の範囲であれば、どんどんやってくれ」

 と声をかけたのであった。


*   *   *


「フィルマン様は向上心がおありですね」

 退室してから、アキラはミチアと話しながら歩いていた。

「はい。大旦那様は、人々の暮らしをお気にかけてらっしゃいますから」

「なるほど」

 産業を興し、領地を豊かにしようというのもその一環なのだろう、とアキラは思った。


 元の世界に帰れる見込みはない。それなら、先人に倣ってこの世界をよりよくするのは自分のためにもなる、と思うアキラであった。

 いつもお読みいただきありがとうございます。

 2月18日(日)も更新します

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― 新着の感想 ―
地の精霊の概念はあるのに薪で火を熾す……食事も酷かったし魔法使い=貴族という訳ではないのか。 中層以下の識字率も推して知るべし。
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