第六話 父子
騎兵に先導された前侯爵一行がモントーバンの町に入ったのは午後7時を回った頃であった。
松明ならぬ魔法のカンテラを持った騎兵たちにより道は十分な明るさで照らされていたので問題なく進めたのである。
「父上、ようこそおいでくださいました」
町の玄関口まで出迎えた現侯爵にして前侯爵の長男、リオン地方の領主『レオナール・マレク・ド・ルミエ侯爵』。
暗い金髪に青い目。髪の色は異なるが、目の色は親子だけによく似ているな、と感じたアキラであった。
「うむ。お前もよくやっているようだな」
前侯爵は息子の肩を叩き、満足げに頷いた。
「それで、そちらが『異邦人』ですか?」
「うむ。アキラ・ムラタ殿だ。……アキラ殿、これが儂のせがれだ」
「レオナールという。以後よろしく頼む」
「あ、はい。アキラ・ムラタです。こちらこそ、よろしくお願い致します」
「いろいろ父から聞いている。どうだろう、今夜は少し時間を取って、話を聞かせてくれないだろうか」
「は、はい」
アキラとしては、疲れていたので早めに休みたかったのだが、パトロンの息子で、しかも現領主なので断るわけにはいかなかった。
* * *
「……なるほど、するとアキラ殿の国では、民衆から選ばれた代表が国を治めているというのか」
「はい、そうです」
「うーむ。……『異邦人』の世界がそうであるということは聞いたことがあったが、本当なのだな」
前侯爵もそうであったように、民主政治というものは貴族社会には俄には受け入れられないだろうな、とアキラは思っている。
地球の歴史でも、相当な年月を要したのだし、未だに民主化していない国もあるのだ。
さらには、『民主主義がもっともよい政治形態である』ともいえない状況を何度も目にしているし、体験もしているのだから。
「民主主義がもっともよい政治形態だとはいいません。俺の世界でも、いろいろ問題が出ていますから」
議員の醜聞には事欠かなかったのだから、とアキラは半ば遠い世界のことのように思い出していた。
「ふむ。……決定がそんなに掛かるようでは、他国から攻められたらもうどうしようもないのではないかな」
と、レオナール侯爵はそれなりに民主政治の弱点を把握していた。
「確かに、決定に時間が掛かるのは大きな欠点だと思います。ですが、一部の指導者の暴走は抑えられるという利点もあります」
「それはそうだな」
いつの世でも、どこの国でも、苛烈な独裁者というものが現れる可能性はなくならない。
「ふむふむ……アキラ殿は、政治についてはそれほど造詣が深くはないのだな」
30分ほどの問答で、レオナール侯爵は、アキラの資質を見抜いていた。
「あ、はい。俺……自分は、技術者……ですので」
「さもあろう」
それから30分ほど掛けて、レオナール侯爵はアキラから『養蚕』について説明を受けたのであった。
* * *
「……ふう、疲れた」
1時間と時間を区切ってくれたのは正直助かった、とアキラは部屋に戻る途中、溜め息をついた。
「侯爵はやり手だな……」
この1時間の問答によってアキラが受けた印象は、レオナール侯爵は『利』に聡い、ということだった。
それは、よくいえば合理的、悪くいえば打算的、ということ。
よくも悪くも、情に左右されずに利益を追求する人、といったところだ。
「上に立つものは私心があってはならない、とかなんとか聞いたことがあるけどなあ……」
そして己が宛がわれた部屋のドアを開けると、そこにはミチアが待っていた。
「お疲れ様でした、アキラさん」
「ミ、ミチア!?」
「あ、いえ、今日は別の部屋をいただいてますよ。ですがアキラさんがお疲れのようでしたので」
「……ありがとう」
なんとなくほっとしたような、また残念なような、よくわからない心境のアキラだった。
それでも、ミチアが淹れてくれた『桑の葉茶』は優しい味で、疲れた心と身体に染み渡るようだった。
* * *
翌日は休息日という名の拘束日であった。
アキラは朝からレオナール侯爵に呼び出され、いろいろと説明をさせられていたのである。
とはいえ、決して強制的なものではなく、侯爵が自領、ひいては自国をよりよくしたいという意思があると理解できるため、アキラも嫌とは言えなかったのである。
質問の内容は、昨夜とは打って変わって文化的なことだった。
「教育制度はどうなっているのか」「食糧事情はどうなのか」「医療制度について詳しく教えてくれ」などなど。
アキラは自分が知る限りのことを侯爵に説明したのである。
「……」
午前中いっぱいを対話に費やしたため、少々疲れた顔のアキラを、レオナール侯爵は慰めた。
「いや、参考になった。……しかし、安心するがいい。侯爵家の名にかけて、貴殿を他の貴族どもに渡すことはしない」
「……は?」
言われた意味が今ひとつ飲み込めず、アキラは目を瞬かせた。
「アキラ殿、貴殿の世界には明確な身分差がないということなので理解しづらいとは思うが、早めに認識しておくがいい。……貴殿の知識は、多くの者にとっては喉から手が出るほど欲しいものだということを」
「は、はい」
「幸い、貴殿は父の領地で新たな産業を興しつつある。それを国王陛下がお認めになれば、望まぬ横槍は全て排除できよう」
つまりは説明を頑張れということである。
「心配せずとも、国王陛下は聡明なお方だ。その昔、父が武芸をお教えしていたこともある。余程のことがない限りは、貴殿が望まぬようなことは起こるまい」
それをフラグって言うんですよ、とは言い出せないアキラである。
* * *
昼食後は再び質問攻め……かと思いきや、護衛2名を付けてモントーバンの町を散策させてもらうことができた。
ミチアも一緒に、である。
「はあ……なかなか賑やかな町だな」
町をいく人々の顔が明るい。それは取りも直さず、統治がうまくいっている証拠でもあろう。
「……衣食足りて礼節を知る、だったかな?」
「アキラさん、それって何ですか?」
隣を歩くミチアが質問してきた。
「え、ああ。……人間は、生きるために必要なものを手に入れる苦労がなくなって初めて、礼儀を身に着け、法を守るようになる……ということだったと思う」
「ああ……確かにわかる気がします。生きることに必死なうちは、なりふり構いませんものね」
「そういうことだな」
その時、アキラは道の上に巾着のようなものが落ちているのに気が付き、拾い上げる。
「落とし物だな。こういう時はどうすればいいんだろう?」
後ろを歩いている護衛に尋ねてみれば、
「近くに警備兵の詰め所があるので、そこにお預けください」
と教えてくれた。
「わかりました」
ということで、そこから30メートルほど離れた警備兵詰め所に落とし物だ、と言って後を任せる。
本来なら名前や拾った場所、中身をくすねていないか、など聞かれるらしいが、そこは領主直属の護衛が一緒であったということと、特に礼はいらないとアキラが言ったので、名前も控えることなくその場をあとにしたのであった。
「そういえば、統治がうまくいっている表現で、『道に落ちているものも拾わない』とかいうのもあったな」
「どういう意味ですか?」
拾って届けてあげないんでしょうか、とミチアは疑問に思ったらしい。
「そこが面白い……というか、要は『落とした場所にそのままで残っている』ということらしい」
「へえ、面白いんですね」
護衛の1人は、そんな2人の会話にも熱心に耳を傾けていたようだ。
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次回更新は 10月20日(土)10:00の予定です。




