第四話 寝台
8台の馬車はガラガラゴロゴロと街道を進んでいく。
馬車の車輪全体は丈夫な木でできているが、タイヤに相当する部分は鉄の輪がはまっている。つまり硬い。
硬いが故に乗り心地は悪い。
アキラは、自動車で悪路を走ったこともあり馬車酔いはしなかったものの、振動には辟易していた。
つまり、尻が痛くなったのである。
「うあー……」
馬車の座席は革張りだが中綿が入っておらず、要するに座り心地が悪いのだ。
おまけにサスペンションも硬く、石に乗り上げた時などはほぼそのままの突き上げを喰らう。
アキラが見たところ、人が歩くより少し速いくらいの速度で走っているからこれで済んでいる。
もしこの倍以上の速度で走ったら、座席の上でぽんぽん飛び跳ねることになりそうだ、とアキラは半日で辟易していた。
「うーん……」
万が一の盗難や壊すことを恐れて、『携通』は『蔦屋敷』に置いてきていたので、こういう馬車のサスペンションがどうなっているか調べる術はない。それに『携通』にそんな情報があるかどうかも知らなかったので、アキラは半ば諦めていた。
一応、2時間ごとに小休止が挟まる。
行程は長いので、馬を休ませることと、乗っている者たちのトイレ休憩も兼ねている。
「あいたたたた」
アキラは馬車から降りると伸びをし、痛んだ尻をさすった。
「これが10日も続くとしたら一種の拷問だなあ……」
初日、それも2時間で早くもうんざりして来たアキラであった。
「アキラ様、王都までは5日ですよ」
「え?」
アキラが辛そうなので様子を見に来たのだろう、執事のマシューが言う。独り言を聞かれたようだ。
「5日も10日もあまり変わらないよ……」
うんざりしたアキラがそう言うと、マシューは手にしていたクッションを差し出した。
「馬車に乗り慣れない方は、酔うか、さもなければアキラ様のようにダメージをお受けになりますね。どうぞお使いください」
「あ、ありがとう」
受け取ったそのクッションは、適度な弾力があり、それを敷けばかなりダメージを軽減してくれそうであった。
* * *
そして、予想どおりにアキラの尻は守られた。
「……ああ、この書き方じゃ別の意味になってしまいそうだ!」
道中日記を書いていたアキラは思わず声を出してしまった。
今は第1日目の宿泊地、『アルビ村』。『蔦屋敷』のある『リオン地方』に属し、ド・ルミエ家の領地内である。
規模としては『蔦屋敷』周囲の3村、すなわちブロン村、ゴルド村、ブリゾン村を併せたくらいで、かなり大きな村である。
そこの村長宅の1室をもらい、寛いでいるアキラなのである。
「この村は農業中心か……」
途中かなりの広さの畑を見かけたので、穀倉地帯の一翼を担うのだろうとアキラは判断していた。
「場合によっては、ここにも養蚕を根付かせられたらいいな」
周囲に何本か桑の木を見かけたので、気候的に養蚕が出来そうだと考えたのだ。主に桑の葉の供給的な面で。
そう言ったことも含め、アキラは道中日記を付けているのである。
夕食は前侯爵とその執事であるマシューは別の部屋で村長と共に食べ、アキラとミチア、それに侍女下男、護衛たちは大食堂でとなった。こちらは村長の妻がホステス役を務めている。
大麦の粥、ジャガイモとニンジンのスープ、鶏肉と野菜のソテー。それにワインが1杯付いた。
「この村はワインもそこそこ有名なんですよ」
とミチアが教えてくれたが、その言葉どおり、ワインに詳しくないアキラでも美味いと感じるほどであった。
「ブドウが栽培できると言うことは、桑の木にも向いている……のかな?」
日本の山梨県では、逆に桑畑をブドウや桃に置き換えているのだが。
極端から極端へ走らなければいいだろう、と食べながら考えるアキラだった。
* * *
「さて、問題は……」
アキラは横を見た。そこには、桑の葉茶を淹れてくれているミチアがいる。
そう、今夜は彼女と同室なのだ。
フィルマン前侯爵がミチアをアキラ付きの侍女だと説明したためである。
元々村長宅とはいえ、それほど部屋数があるわけではない。よってこうした部屋割りになったのであるが……。
「どうしました、アキラさん?」
平然としている(ように見える)ミチアに対し、緊張しているアキラなのであった。
(ど、ど、どうしましょう)
しかし、ミチアとて取り繕っているのは外見だけで、内心は平静ではなかった。
侍女としての訓練のたまもので態度に出ていないだけで、顔はかなり赤くなっていたりする。
ただ、この部屋の明かりがやや暗いのでアキラに気付かれていないだけなのだ。
(ベ、ベッドも1つしかありませんし……)
キングサイズくらいのベッドが1つ、部屋の窓際にでんと置かれている。
(ア、アキラさんは慣れてらっしゃるのでしょうか……)
普段のアキラを見ていればわかりそうなことも、混乱している頭では理解できないようだ。
「あの……」
「ええと」
ほぼ同時に声を掛け合うアキラとミチア。
「アキラさんからお先にどうぞ」
「いや、ミチアから」
「いえ、アキラさんから」
「……」
押し問答していても埒があかないので、アキラは思ったことを口にすることにした。
「ええと、おれはこっちのソファで寝るから、ベッドはミチア使っていいよ」
だがミチアの返答は、
「そ、それは駄目です! アキラさんがベッドで寝てください。私がソファで寝ますから」
「それこそ駄目だ」
またしても押し問答。
「……」
「……」
結局、大きなベッドなので2人で寝ることになった。
「ええと、俺が先に寝るからさ。俺が眠ったらミチアも少しは安心して眠れるだろう」
少しだけピント外れのことを言い出すアキラ。
「は、はい」
ミチアもかなり焦っているので、アキラの言葉を丸呑みにして頷いた。
「じゃあ、お休み」
アキラはベッドの端にごろりと横になった。背はミチアの方に向けている。
ミチアは部屋の明かりをギリギリまで暗くする。
そしてほっと溜め息をつき、寝間着に着替えるべく、服に手を掛けた。
その手は一瞬止まったが、アキラが身じろぎもしないのを見て、着替えを続行する。
そして寝間着姿になった彼女は、そっとベッドに身を横たえた。
すぐ横に寝ているアキラからは、規則正しい寝息が聞こえてくる。アキラは寝付きはいいのだ。
(おやすみなさい、アキラさん)
小さな声で呟くように言って、ミチアは目を閉じた。
その晩は、慣れない旅の疲れで、2人とも翌朝まで目を覚ますことなく熟睡したのであった。
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次回更新は10月13日(土)10:00 を予定しております。




