第三話 出発
養蚕関係として。
献上品……薄紫のハンカチ2枚(王家の紋章を紫色で刺繍)、白いハンカチ3枚(王家の紋章を紫色で刺繍)、白いハンカチ3枚(ガーリア王国の紋章を黒で刺繍)、予備のハンカチ4枚(無地)。
糸見本……裁縫用絹糸(約100メートル巻き)10巻。刺繍用絹糸(約5メートル)(紫色5巻、黒色5巻、赤色5巻、白色5巻)。
繭見本……殺蛹した繭10個、サナギを取り出した繭10個。
絵入り養蚕の手引き(ガリ版刷り)10部。
養蚕以外の新産業として。
厚手和紙100枚(A4サイズ)。
蜂蜜入りリップクリーム20瓶。
香料入りハンドクリーム20瓶。
新しい魔法道具として。
エアコン 2台。
『洗眼水』『消炎水』を作る魔法道具各1台。
新しい道具として。
小型発電機1台。
電磁石2個。
方位磁石5個。
ガリ版1セット。
温度計2セット。
「以上が、今回王都へ運ぶ荷物ですな」
家宰のセヴランが手元のリストを見ながら言った。
「うむ、いいだろう」
前侯爵、フィルマン・アレオン・ド・ルミエは満足そうに頷いた。
「馬車3台に分けて積み込むことになります」
「うむ」
「その他、大旦那様とアキラ様とで1台、侍女・下男用の馬車が各1台、それに皆の身の回りの品を載せる馬車が2台で、計8台となります」
大所帯だが、前侯爵の旅行としては普通なのである。
「王都へ向かう人員としては、大旦那様とアキラ様の他、ミチア、ミューリ、執事のマシュー、それに御者が各馬車に。下男3名、加えて護衛が10名です」
「いいだろう」
「食料は非常用として2日分です。道中の集落、村、町には通達しておりますので、その土地の能力に見合った供応がなされるはずです」
「さすがじゃな、セヴラン」
「畏れ入ります」
そつなく準備を整えたセヴランは、今回の旅には同行しない。『蔦屋敷』の主であるフィルマン前侯爵不在の間、ここを預かることになるのだ。
執事のマシューはセヴランの甥で、次期家宰候補の1人であった。
そのマシューはアキラに挨拶している。
「アキラ様、旅の間、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
お互いに顔は見知ってはいるものの、接点がほとんどなかったため、会話するのも初めてに近い状況であった。
マシューは今年28歳、働き盛りだ。焦げ茶色の髪に灰色の目。人当たりは柔らかい。
アキラたちが養蚕という新しい産業を興しつつあるのを知って、内心わくわくしていた。
それが今回、養蚕の報告のため王都へ行く随員となったので嬉しくてたまらないのだ。
「もう身の回りの品の準備はお済みですか?」
「うん、ミチアに手伝ってもらって済ませた」
「それは何より。では、手荷物以外のお荷物は明日の朝、玄関ロビーに出しておいてください」
* * *
「いよいよ明日出発だな」
アキラたち、つまりハルトヴィヒ、リーゼロッテ、ミチアら4人はアキラの『離れ』でささやかな壮行会を開いていた。
「僕とリーゼは行けないけれど、頑張って来いよ」
アキラが推進している『養蚕』は素晴らしい技術だ。それをもっともっと広め、浸透させることは、国家という壁を越え、この世界というものに有益だとハルトヴィヒは信じていた。
「うん、ありがとう」
「ミチアも、アキラを支えてあげるのよ」
「はい、頑張ります」
リーゼロッテもまた、ハルトヴィヒと同じく、国家に拘ることなく、養蚕を広めていきたいと思っていた。
「ただなあ、アキラには幾つか気をつけていてもらわないといけないことがあるな」
ハルトヴィヒがぽつりと言った。
「それは? 忠告だったら大歓迎だ」
「うん、それじゃあ言っておく。『貴族には要注意』だ」
「え?」
よくわかっていない様子のアキラを見て、リーゼロッテが助け船を出す。
「貴族ってのはね、基本的に自分の利益を真っ先に考えるのよ。そして平民を見下すの。つまり、身勝手の塊と思っておいた方がいいわよ」
「リーゼも貴族の一員だろう?」
「好きでなった訳じゃないわ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
アキラは、リーゼロッテはよっぽど貴族が嫌いなんだなあと苦笑いするしかできなかった。
「……それからな、王都へ行ったら、多分、最低でも名誉貴族位をもらうことになると思うぞ」
ハルトヴィヒが付け足す。
「名誉貴族位?」
「ああ。通常、爵位を持つ貴族というのは大なり小なり領地も持っているんだが、名誉貴族の場合はそれがない。また、世襲もできず1代限りなんだ」
するとそこにミチアも補足を入れた。
「ゲルマンスではそうなんですか? ガーリアでは、領地を持たない爵位持ちの貴族もいますよ。その場合は国から年俸が払われます」
「なるほど、少し違うようだね」
「つ、つまり、どういうことだ?」
貴族制のない世界から来た『異邦人』であるアキラはよくわからないと少し狼狽えた。
「よく言えば立場の強化、悪く言えば囲い込み、かな」
ハルトヴィヒが説明する。
「たちの悪い貴族に絡まれないように、爵位を与える、ってことだよ」
「爵位を受けると言うことはその国に属する、ってこと。それが囲い込み。そうなったらおいそれと他国には行けない」
ハルトヴィヒとリーゼロッテがアキラに教えた。
「なるほどなあ」
この『蔦屋敷』は居心地がよかったが、王都に行くということはそうした意味があったのか、とあらためてアキラは納得した。
「……まあ、いろいろ脅かしたが、前侯爵閣下が一緒だから、滅多なことは起きないだろうさ」
慰めるようなハルトヴィヒの言葉も、フラグにしか聞こえないアキラであった。
* * *
明けて翌日。『蔦屋敷』の前庭。
8台の馬車と、10頭の馬……護衛は馬で行く……が勢揃いしていた。
「それでは行ってくる。セヴラン、あとのことは頼んだぞ」
「は、大旦那様、お任せください。……マシュー、しっかりやるのですよ? ミューリ、粗相のないように気をつけなさい」
「はい、叔父さ……セヴラン様」
「は、はい、セヴラン様」
「それじゃあアキラ、ミチア、気をつけてな」
「うん。ハルト、リーゼ、行ってくるよ」
「こっちはこっちで研究続けているからね! ミチアもしっかりね!」
「はい、行ってまいります」
「では、出発!」
見送る者見送られる者、それぞれの想いを抱え、8台の馬車はゆっくりと動き出したのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回は10月7日(日) 10:00更新予定です。
20181006 修正
(旧)
小型発電機1台。
方位磁石5個。
(新)
小型発電機1台。
電磁石2個。
方位磁石5個。
(旧)それに身の回りの品を載せる馬車が2台で、計8台となります」
(新)それに皆の身の回りの品を載せる馬車が2台で、計8台となります」
20181007 修正
(旧)
方位磁石5個。
(新)
方位磁石5個。
ガリ版1セット。
(旧)マシュー、しっかりやるのですよ?」
(新)マシュー、しっかりやるのですよ? ミューリ、粗相のないように気をつけなさい」
(旧)(なし)
(新)「は、はい、セヴラン様」
(旧)「その他、大旦那様とアキラ様で1台、
(新)「その他、大旦那様とアキラ様とで1台、
20181014 修正
(誤)それが今回、養蚕の報告のため王都へ行く随員をなったので嬉しくてたまらないのだ。
(正)それが今回、養蚕の報告のため王都へ行く随員となったので嬉しくてたまらないのだ。
(誤)「ただなあ、アキラには幾つか気をつけていてもらわないことがあるな」
(正)「ただなあ、アキラには幾つか気をつけていてもらわないといけないことがあるな」
20181015 修正
新しい道具として、『温度計2セット』を追加しました。




