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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第2章 産業揺籃篇
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第二十話 次の段階へ

 繭を糸にする作業、つまり『紡績』が始まっていた。

 とはいえ、まだ作業員にさせるほどには数がないので、5人の幹部、つまりゴドノフ、イワノフ、モーリス、カドモス、レレイアの教育を兼ねて、ということになる。

「はあ、面白い作業でやんすねえ」

 リーダーであるゴドノフの弟、イワノフが意外な器用さを発揮している。


 繭を煮て解しやすくすることを『煮繭しゃけん』といい、処理された繭のことも煮繭と呼ぶ。

 アキラの『携通』によれば、煮ることで繭糸の表面を覆っていた接着剤的な成分『セリシン』が溶けてほぐしやすくなるとのことだ。

 そうした繭から糸を引き出すことを『繰糸そうし』という。

 この時、糸にはかなりのテンションが掛かって伸ばされているので、『揚返(あげかえ)し』という工程を踏む。

 まずは『小枠湿こわくしめし』といって糸を湿らせることで、セリシンの接着力を弱めてほぐれやすくし、低張力で大枠に巻き取りなおす。

 これを温度摂氏20~30度、湿度70~80パーセントに調整された湿気室で一晩寝かせ、安定した状態に整えるのである。


「面倒くさいな」

 ハルトヴィヒがこぼすが、

「でも、巻き直し以外はまとめて一度にできるから、量があるほど楽になるぞ」

 とアキラは説明する。

「ああ、そうか。大量生産すればするほどその部分の手間は小さくなるな」

「そういうことだ」


 『生糸』にはまだセリシンが残っているので、草木染めをするならもう一度処理をする必要がある。

「半分を処理するか」

「それでいいだろうな」

 ただし、煮すぎるとセリシンが完全になくなってしまい、そうなった糸は光沢がなくなり、やや弱くなってしまうので、わずかにセリシンを残すのがコツだという。

「むずかしいな」

 アキラが渋い顔をするが、リーゼロッテは、

「それならこうしたらどうかしら。……《アナリーゼ》……うん、だいたいわかるわ」

 『アナリーゼ』は解析系の魔法で、『既知の』物質を調べることができる。

「絹糸の主成分……何て言ったっけ。……ああ、フィブロインよね。それに未知の物質が20パーセント」

「おお、すごい。それで十分だよ」

 未知の物質がセリシンだろう。

 アルカリ溶液を使わずに繭を煮ると、セリシンを残しやすいようだ。

 リーゼロッテに協力してもらい、煮る時間を定めれば、誰でもできる工程になるだろう。


 こうしてセリシンを除去すると、その分目方が軽くなる、これを練り減りという。だいたい20パーセントくらい軽くなってしまう。その分のセリシンはお湯に溶けているわけだ。

 これをうまく使うと化粧品に応用できるようなのだが、今の設備と知識では無理だ。

 もったいないがセリシンを含んだお湯は捨てるしかなかった。


 こうして処理した糸は練糸ねりいとという。

 また、今回は7個の繭を合わせて1本の生糸にしている。細めの絹糸だ。ハンカチ、スカーフにするので細くていいだろうという判断である。

 いずれは9個、11個などの糸も作り、用途によって使い分けをしたいとアキラは考えていた。


*   *   *


 丸10日掛けて、繭のほとんどを糸にした。

「よし、ハンカチもスカーフも平織りでいいはずだから、この調子で織っていこう」

 ハルトヴィヒが『綜絖そうこう』を改造してくれたのだが、今回は平織りで行くことにした。

 丹念にたて糸を掛けていき、準備を整える。

 今回もミチアに織ってもらうことになる。

 アキラは、作業員の練習は絹糸ではなく安価な糸で行うつもりだった。


 まずは40センチ幅で織っていく。

 前回の『紗』を織った時よりは糸が太いので、ミチアも扱いやすいようだ。

 とんとんからり、とリズミカルに織っていくミチア。

「うん、この様子なら、機織り機を増やしてもらってもいいな」

 改造した部分の様子を見ていたハルトヴィヒは満足げに呟く。


 とんとんからり、の音は夕方まで響いていた。


 翌日も朝から機織りをするミチア。

「ほう、やっとるな」

「こ、これは、大旦那様!」

 フィルマン前侯爵が様子を見に自らやってきたのである。

「ああ、手は止めんでいい。邪魔をする気はないのだ。たまにはそなたたちの仕事ぶりをこの目で見てみたくてな」

 そうは言われても、特にミチアは恐縮してしまっている。

「……と言っても無理か。まあ、よい。皆、頑張ってくれ」

「は、はい」

 フィルマン前侯爵は立ち去っていった。

「……緊張しました」

 ミチアはほっと溜め息をつき、また織り始めた。


 アキラたちも、ただ黙って見ているわけではない。糸を染めてみようと試行錯誤していた。

 黒や茶ではなく、女性が好むような鮮やかで綺麗な色を染めたいと思っている。そのつもりで春から夏にかけていろいろな植物をストックしているのだ。

 赤は先日成功した赤花とミョウバン。黄色はマリーゴールドの花を摘んでドライフラワーにしてあるものを使った。

「赤と黄色はうまくいってるわ」

「あとは青系統か」

 屋敷の周りにたくさん生えていた『ツユクサ』は、確かに鮮やかな青が得られたが、非常に堅牢度が低く、すぐに色褪せてしまった。

「これからの課題だな」

 『携通』にも、青い染料は少ないと載っていたのである。


*   *   *


 織り上がった生地を使い、ハンカチを5枚作って前侯爵に献上した。ハンカチなので染めてはいない。

「うむ、できたか」

 ハンカチの手触りを確認した前侯爵は、

「素晴らしい! これが我が屋敷でできたものとはな。アキラ殿、ハルトヴィヒ君、リーゼロッテ君、そしてミチア、よくやってくれた」

 フィルマン前侯爵は立ち上がって、アキラたち1人1人と握手を交わした。

「これが産業化されれば、この地方だけではない。いずれは我が国の一大産業になるだろう」

 もちろんまだまだ時間は掛かるだろうが、とフィルマン前侯爵。

「今作っているのはハンカチとスカーフだと言ったな? それができたら、アキラ殿には儂と一緒に王都まで行ってもらうことになるだろう」

 この言葉に、アキラは驚いた。

「えっ? 王都……ですか」

 前侯爵はアキラの肩に手を置いて、

「うむ。この素晴らしさを陛下にお見せせねばな」

 と言った。それからハルトヴィヒとリーゼロッテを顧み、

「……申し訳ないがハルトヴィヒ君とリーゼロッテ君はゲルマンス帝国の出身だから残ってもらうことになるだろう」

 と詫びたのである。

「それはわかっています」

「ええ、致し方ありませんわ」

「済まぬな」


 こうして、辺境の地で産声を上げた絹産業は、いよいよ表舞台にデビューすることになるのであった。

 お読みいただきありがとうございます。

 これで第2章は終わります。

 書き溜めがなくなりましたので、第3章は1週お休みをいただいて、9月29日(土)10:00再開の予定です。


 20180916 修正

(誤) 今回もミチアに織っておらうことになる。

(正) 今回もミチアに織ってもらうことになる。

(誤)『揚返し(あげかえし)』という工程を踏む。

(正)『揚返(あげかえ)し』という工程を踏む。

(誤)そうした繭から糸を引き出しすことを

(正)そうした繭から糸を引き出すことを


(旧)巻き直し以外はまとめて一辺にできるから

(新)巻き直し以外はまとめて一度にできるから

(旧)非常に耐候性が悪く、すぐに色褪せてしまった。

(新)非常に堅牢度が低く、すぐに色褪せてしまった。


 20231026 修正

(誤)赤は先日成功した茜とミョウバン。

(正)赤は先日成功した赤花とミョウバン。

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