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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第2章 産業揺籃篇
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第十九話 製品化へ

 3000匹の『晩秋蚕ばんしゅうご』は、ついに繭になった。

「『回転(まぶし)』はその役目を十分に果たしてくれたな」

 アキラも満足そうだ。

「100匹を選んで卵を取ろう。あとは処理する」

「わかりました」

 『殺蛹さつよう』が始まった。

 2900個の繭は乾燥機に入れられた。100度C近い熱風で乾燥させ、中のサナギを殺すのだ。

「何度やっても可哀想ですね」

 5人の幹部の紅一点、レレイアがぽつりと言った。

「ああ、そうだな。だから俺たちは、お蚕さんが作ってくれた繭を1つとして無駄にしないよう心掛ける必要があるんだ」

「本当に、そうですね……」

 この思想は、ここ『蔦屋敷』を発祥の地として、養蚕に携わる者の心掛けとして長く後世に伝えられていくことになる。


 だが、まだ養蚕はこの世界で産声を上げたばかり。職人たちもまだまだ未熟である。


*   *   *


「これで今年の養蚕は終わりだな」

 卵を回収しながらアキラは呟いた。

「繭もそこそこ集まったし、卵も2万個以上ある。職人たちも育ってくれた。来年はもっと本格的に……ああ、いや、桑の葉があったか」

 1年では苗もそれほど大きくは育たないから、一気に産業化、というわけにも行かない。

「それでもまあ、今年の3倍くらいは見込めるだろう」

 まずは堅実な運営と、人材育成だ、とアキラは考えている。

 絹織物をこの世界に広めるためには、養蚕の拠点を増やしておく必要があると思っているのだ。


 その大きな理由は『病気』である。

 今この世界にいるのはアキラが持ってきた単一種である。つまり、同じ弱点を持っているのだ。

 特定の病気が流行ったら全滅しかねない。

 もちろん殺菌消毒は徹底するし、教育も行う。

 だがそれでも発生するのが病気なのだ。

 その際、同じ敷地内ではなく、できれば隣村以上離れているのが望ましい。


「そのためにも人材育成だな」

 各地で指導者になれる人材を育てなければ、夢のまた夢だ。

「千里の道も一歩から、だな」

 焦りは禁物と、アキラは自分に言い聞かせた。


*   *   *


 冬を目前にして、『蔦屋敷』は賑やかである。

 5人の幹部と20人の働き手がいるのだ。

 彼らはセヴランによって木材の切り出しと製材をこの冬の間にやってもらうことになる。

 この先、手広くいろいろなことを行うに当たって、木材の需要は高まっているのだ。

 そしてそれについてもアキラはフィルマン前侯爵とセヴランに助言をしていた。


「木を伐採したあとには必ず植林を行ってください」

「ふむ、苗木を植えろと言うわけだな? それはどういう利点がある?」

「はい。まず、森の役目についてご説明します」

 アキラは、森には水分を蓄える機能があることを説明した。

「俺のところでは『緑のダム』とも言っていました」

 そして『ダム』がどういうものかも説明。そして保水力のなくなった土地がどうなるかも。

「なるほど、禿げ山にしてしまうと、少しの雨でも地滑りが発生するのか」

「はい」

 このあたりは、アキラが『異邦人エトランゼ』であることから、無条件に信じてもらえた。

「少しの伐採でしたら自然回復も見込めるでしょうけれど、大規模な伐採をするのならそのあとに植林を行うべきかと」

 それも、針葉樹だけではなく広葉樹も植えた方がいい、と付け加える。

「なるほど。一般的に針葉樹の方が根が浅いというのか」

「そうです」

「ううむ、この情報だけでも千金の価値があるぞ。……少なくとも我が領内の林業関係者には周知徹底させよう。……アキラ殿、構わないな?」

 アキラは頷いた。

「ええ。構わないどころか、できるだけ広めてください」

「うむ、わかった」

 林業はスパンの長い分野である。

 この措置が効果を発揮するのは少なくとも数十年先であろう。

 そしてその数十年先、このことでアキラは、各地で讃えられるのだが、それはまだ遠い未来の話。


*   *   *


「さて、俺はこれからどうするか……」

 養蚕は来春までお休みなので、他のことをしなければならないわけだ……と考えてアキラは苦笑した。

「しなければ……って、完全にワーカホリックの思考だよなあ」

 確かに、アキラはこの世界に来てからは定期休みとは無縁の生活をしている。だが、基本的には残業なし(明かりの関係)であるし、スケジュールもある程度自分で決めている。

 ストレスは溜まりにくいといえるだろう。

「それに、周りにはいい協力者がいてくれるし」

 ハルトヴィヒ、リーゼロッテ、そして……ミチア。

 アキラは『神隠し』に遭って飛ばされた先がこの土地でよかった、としみじみ思う。


 そんなとき、扉が開いて『離れ』にやって来たのはハルトヴィヒ。

「アキラ、ようやく『機織り機』の改造が終わったぞ!」

「お、そうか!」

 『綜絖そうこう』部分の改造が終わり、平織りだけではなく綾織りもできるようになったという。

「それじゃあ、糸をどんどん紡いでいかないとな」

「そういうことだな!」

 繭はそこそこあるので、服は無理としても、デモ用のハンカチーフやスカーフを作ることはできそうである。

「まずはハンカチを量産して、絹の素晴らしさを大勢の人に知ってもらうか」

「それなら、スカーフの方がいいと思うわよ」

 あとからやって来たリーゼロッテが言った。

「ハンカチよりも肌に触れる機会が長いから肌触りのよさをアピールできると思うの」

「なるほど、一理ある……のかな?」

 アキラも納得しかけるが、

「いや、それだとほぼ女性限定になる。だからハンカチも用意した方がいい」

 というハルトヴィヒの助言にも頷けるものがあった。

「結局、両方作っておいた方がいいということか」

「そうなるかな」

「そうなるわね」

 そこにミチアも意見を出す。

「いずれ、染めができるようになったらショールもいいと思います」

「そうだな。そのあたりはこの冬の課題にしようか」

 絹織物の製作と、製品化への挑戦が始まろうとしていた。

 お読みいただきありがとうございます。

 次回更新は9月16日(日)10:00の予定です。


 20190612 修正

(誤)回転蔟まぶし

(正)回転(まぶし)

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― 新着の感想 ―
[一言] >「まずはハンカチを量産して、絹の素晴らしさを大勢の人に知ってもらうか」 そもそも、異世界のゴワゴワパンツから脱却したかったんだよね?(笑) すべすべパンツはまだ遠いのです。
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