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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第2章 産業揺籃篇
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第十七話 紡績と機織り

 謄写版印刷……通称ガリ版印刷を再現するための最後の難関ともいえる『スクリーン』。

 それは絹糸で織られた薄い布、いわゆる『しゃ』である。

 細い糸で織られた、向こうが透けて見えるほど薄い布。

 蚊帳かやや夏の羽織などに使われている。


「目は粗いから、今の機織り機で織れる気がするんだよな」

「でしたら、問題は糸ですね」

 糸の繰り方は先日試している。

 紡績ぼうせきとは糸を紡ぐことだが、こちらも機織り同様重要である。

「機織りよりは楽だと思って後回しにしていたけど、やっぱりこっちからやらなくちゃ駄目かな」

 アキラはそう言って、紡績機について打ち合わせることにした。


 この世界で現在『紡績』というと、羊毛や麻をつむいで糸にすることを言う。

 どちらも繊維単体での長さは蚕に比べ短い。

 よって、原理は同じでも、紡績機はそのままではまったく使い物にならないだろうと思われた。


「絹糸の場合は繭3個、あるいは5個から糸を引き出して紡いでいく。今回は細い方がいいから3個からだな」

 糸車は、昨年ハルトヴィヒたちと相談し、羊毛用のものを参考に、1台だけ作ってあった。同時に糸巻きも。

 それを使って、3個の繭から糸を引き出してみる。

 

「まずはおさらいだ。……まず、繭の外側に着いている毛羽を取り除く。そうしたら繭を煮るんだ」

 鍋に30個ほどの繭を入れて煮てみることになった。

 10分ほどでお湯は沸騰する。

「1分ほど沸騰させたら、火を止めて水を注ぐ」

「アキラさん、それはなぜですか?」

 ミチアからの質問が出た。

「お湯を冷ますのと、こうして急に冷やすと繭の中にお湯が入って糸を繰りやすくなるからだよ」

 急冷されることで繭の中の空気が冷えて縮み、水が吸い込まれるというわけだ。

「そうした繭を、軟らかいブラシでこすってやる。こうすると糸がほぐれて出てくるはずだ」

 毛糸玉のように、どこかに糸の端があるわけで、それを見つけてやるというわけだ。

「ほら、出てきた。……これを、今回は3個分束ねて引き出すわけだな」

 糸巻きに巻き取っていくアキラ。

 くるくると糸巻きが回り、繭はどんどんほぐれていく。

 繭が糸巻きに引っ張られすぎないよう注意しながら巻いていくと、やがて繭はすけすけになって中のサナギが見えてきた。

 さらに巻いていくとサナギは落下し、繭も崩れ、巻き取りは終了した。

 もちろん、3個の繭が同じ長さであるはずもないので、3本が2本になったところで巻き取るのはやめ、残った繭は真綿用に回す。

「これを糸車に掛けて撚れば、生糸のできあがりだ」

「大変な手間ですね……」

「ああ。だけど、工夫次第で撚りを掛けながら巻き取れるはずだ」

 今回は実験的に2段階掛けて行ったが、同じ作業を1度で終わらせられれば効率は2倍になる。

「しかも、なくなった繭のところに新しい繭から糸を引き出して足していけば……」

「うーんと長い糸ができるわね!」

「リーゼ、正解。そういうことさ」

「なるほどな。……構想はだいたいできた。もう少し作業を見せてくれ」

 ハルトヴィヒは、一連の作業を見ながら、どういう糸車を作ればいいか、もう頭の中に設計図を書き始めたようだ。

「頼もしいな」

 アキラはそう言って、残った27個の繭から糸を引き出していった。

 その日1日掛けて『生糸』を作ったアキラたちであった。


*   *   *


 翌日、朝食を済ませるとすぐ、織ってみようということになった。

「しかし、本当に細い糸よねえ……」

 できあがった生糸を見て、リーゼロッテは感心している。

「確かに、これで織ったら薄い布ができるでしょうね」

 ミチアも目を輝かせていた。

 これからミチアは、この糸を使って試し織りをするのだ。

「緊張しますね……」

 ゆっくり、丁寧にたて糸を通した。最も幅の狭い、30センチ幅で織っていくことになる。

 今回は『平織り』なので、1本おきに2枚ある綜絖そうこうの片側だけに通して行くわけだ。

「で、では、いきます」


 2枚の綜絖を上下逆方向に動かしてたて糸を分け、できた隙間によこ糸を通す。

 この時使うのが『シャトル()』である。

 シャトル内には小さな糸巻きが付いており、よこ糸をあらかじめ巻き付けておくのだ。

 シャトルをたて糸にくぐらせた後、『おさ』という櫛状になった板で「とんとん」と叩いて締める。

 よく、『とんとんからり』という擬音が使われる機織りであるが、この『とんとん』がおさよこ糸を締める音で、『からり』は綜絖そうこうの上下を入れ替える時の音である。

 この動作を繰り返すことで平織りの布ができる。


 ミチアも緊張のためか最初はぎこちなかったが、次第に慣れてきて、『とんとんからり』の音がリズミカルに響くようになった。

「少し加減がわかってきました」

 おさで締める時の力加減で、よこ糸の密度が決まる。今回作るのはスクリーンに使う『しゃ』なので、あまり締めては都合が悪いのだ。

 アキラたちはそんなミチアをじっと見守っていた。


 時が過ぎ、織られた布が50センチほどになった時、ミチアは手を止めた。

 そして、アキラをはじめ、ハルトヴィヒ、リーゼロッテらが自分の仕事ぶりを見つめていたことに気が付き、赤面する。

「え、ええと……こ、これでいかがでしょうか?」

 最初の5センチくらいの部分は、よこ糸の間隔が広かったり狭かったりしているが、その後はきれいに揃っていた。

「うん、これならよさそうだ。ミチア、ありがとう」

 嬉しくなったアキラはミチアの手を取った。

「あ、ありがとうございます」

 少し頬を染めるミチアもまた、仕事を褒められて嬉しそうだった。

「そ、それじゃあ、まだ糸がありますので、もう少し織っておきますね」

「そうだな、頼む」

 謄写版を何台か作るためにもスクリーンは必要だし、予備もほしい。

 さらに言うと、織物というのは織り始めと織り終わりは使い物にならないので裁ち落とすことになる。

 ということは、短い織物をたくさん作るとこの『裁ち落とし』が多く出て、糸が無駄になるのだ。


 せっかくなので、セットしたたて糸いっぱいに織ってもらうことにした。

 幅が狭い上、目の粗い『紗』なのであまり糸を消費しないでできるのだ。

 また、織る時間も短くて済む。

 ミチアは慎重に織ってくれたのだが、午前中で織り上がった。

 機織り機から外した『紗』は、なかなかいい手触りである。

「スクリーンに使う分を3枚取って、残りは閣下に献上しよう」

 と俺がいうと、皆賛成してくれた。


「おお、これも絹織物なのだな!」

 『紗』を見たフィルマン前侯爵は喜んでくれた。

「はい、夏用の服に使ったり、蚊帳かやに使ったりもします」

「かや?」

「はい、蚊帳というのは……」

 蚊帳について説明したアキラであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は9月9日(日)10:00の予定です。


 20190105 修正

(誤)さらに播いていくとサナギは落下し、繭も崩れ、巻き取りは終了した。

(正)さらに巻いていくとサナギは落下し、繭も崩れ、巻き取りは終了した。


 20190806 修正

(誤)最初の5センチくらいの部分は、よこ糸の感覚が広かったり狭かったりしているが、その後はきれいに揃っていた。

(正)最初の5センチくらいの部分は、よこ糸の間隔が広かったり狭かったりしているが、その後はきれいに揃っていた。


 20221006 修正

(誤)シャトル内には小さな糸巻きが付いており、よこ糸をあらかじめ巻き付けてておくのだ。

(正)シャトル内には小さな糸巻きが付いており、よこ糸をあらかじめ巻き付けておくのだ。

(誤)幅が狭い上、目の粗い『紗』なのであまり糸を消費しないのでできるのだ。

(正)幅が狭い上、目の粗い『紗』なのであまり糸を消費しないでできるのだ。

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― 新着の感想 ―
繭から繭に繋ぎ変えたところってやはり結び目とか出来てしまうのでしょうか。
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