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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第2章 産業揺籃篇
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第十六話 ガリ版(その1)

 リーゼロッテの研究室で、アキラとリーゼロッテはできあがった『薄葉うすよう』に蝋を染み込ませる実験をしていた。

 といっても、

 1.溶かした蝋に薄葉を浸す。

 2.溶けた蝋を刷毛で薄葉に塗る。

 この2つを試しているのだが、どうにもうまくいかない。というのも、できあがりが凸凹になるのだ。

「これじゃ、綺麗な印刷はできないかもな……」

 厚いところと薄いところがあっては、原版として不適である。

 アキラは悩んでしまった。『携通』にも、蝋紙の作り方までは情報がなかったのだ。


 そこへ、ハルトヴィヒが顔を出した。

「アキラ、リーゼ、どうだい?」

 蝋紙を作っていると聞きつけ、気分転換にやって来たらしい。

「うーん、今ひとつなんだよ」

 とアキラが言うと、ハルトヴィヒは手近な椅子に腰を下ろし、

「説明してくれ」

 と言った。

「ああ、わかった。ええと、これをこうやって……」

 アキラは実験的に蝋紙を作った手順を説明した。

「ふうん、つまり平坦にならないというわけか。……なら、やっぱりローラーだな」

 ハルトヴィヒは、現在の日本でも採用されている方法を独自に導き出した。

「ローラーか……」

 弾力性のある上下のローラーで紙を送ると共に、余計な蝋を搾り取るわけである。

「確かに、うまく行きそうだ」

「僕に任せておけ。じゃあな!」

「あ……」

 ハルトヴィヒは部屋を飛び出していった。


「あー、ハルってば、かなり行き詰まってるわね」

 リーゼロッテが言う。

「あれって、今考えていることが行き詰まったから、全然違うことをして気を紛らわせようって言うのよ」

「さすが、よく見ているなあ」

 付き合いの長いリーゼロッテならではだと思ってアキラがそう言うと、

「え、ええ……」

 意外にも、少し頬を染めているリーゼロッテがそこにいたのであった。


*   *   *


 そして、ハルトヴィヒはというと。

「できたぞ! これでどうだ!!」

 翌日朝には試作品を完成させていたりする。

「は、早いな」

「はは、こういう、構造が簡単で作り方に気をつけさえすればいいもの、というのは作り手にとって気持ちがいいものなんだ」

「そういうものかな」

「まあ、試してみてくれ」

 ということで再びリーゼロッテの研究室で蝋紙作製試験を行うことになった。


 ハルトヴィヒが作ってくれた試作は、溶かした蝋を貯めておく青銅製の容器の端にローラーを付けた構造だ。

 容器の大きさはA4より一回り大きい。今作られている紙はだいたいA4サイズのためだ。

 容器の端にはローラーが2つ、上下に付いている。下のローラーが半分くらい浸かるように溶けた蝋を入れてくれという。

 上のローラーにはクランクハンドルが付いており、ローラーの間に紙を挟んでこれを回すと、挟んだ紙が送り出されてくる。

 上のローラー表面には綺麗になめした革が張られていた。


「準備、よし」

 蝋を溶かして容器に溜め、いよいよ実験開始だ。

 金属製のトングのような道具を使って薄葉を蝋に浸し、ローラーの間にそれを通し、ハンドルを回す。

「おお、出てきた出てきた」

 蝋を吸って半透明になった紙が出てきた。それをやはりトングのような道具で掴み、引き出す。

 すぐに蝋は冷えて固まった。

「どうだい、アキラ?」

「うーん、これならいいな!」

 出来上がった蝋紙を透かしたり厚みを指先で確かめていたりしていたアキラは、出来のよさに声を上げた。

「そうか! ローラーとローラーの隙間は少しなら調整できるようにしてあるんだが、一発でOKとはな」

「うん、感謝するよ。だが……」

「だが?」

「これができてしまうと、欲が出るなあ」

 アキラは済まなそうに頭を掻いた。

「欲とは?」

「鉄筆とヤスリ板がほしくなるんだよ」

「ああ、原稿を作るのに必要なんだっけ」

 少し前、簡単にガリ版について話していたので、ハルトヴィヒも覚えていた。

「いいさ。機織り機の方は急ぎじゃないしな」

「いいのか?」

「いいって言ってるだろう? どんなものが必要なのか説明してくれよ」

「わかった」

 そこでアキラは、『携通』も使って『鉄筆』と『ヤスリ台』それから『謄写版』と『ローラー』を説明した。

「インクはリーゼロッテに頼むとして……」

 と、そこまで説明した時。

「あ、スクリーンがない」

 ということに気が付いたのである。


 スクリーンは、印刷時に原版(原紙)を押さえると共に保護する役割もあり、薄い絹が使われる。(『シルクスクリーン』とは異なる)

 意外なところにも、絹織物の使い道があったわけだ。

「……まだまだ先は長いか」

 とはいえ、そうした薄い絹なら、手持ちの手段でも何とかなりそうだ。

 アキラは、まずはできるところから詰めていこうと気を取り直した。


*   *   *


 3000匹の『晩秋蚕ばんしゅうご』が5齢幼虫になった日、ハルトヴィヒが出来上がったヤスリ台と鉄筆、謄写版を持ってきた。

 ミチアとリーゼロッテも一緒に、テーブルの上に並べられたそれを見つめる。

「こんなものでどうだ?」

「おお、いい感じだな」

 アキラも、伝統技術保存博物館などの施設で養蚕の勉強をした際、絹の思わぬ用途としてガリ版印刷を知った。

 その際に用具一式も見ていたので、なんとか再現できたといえる。

 ヤスリの粗さもちょうどよさそうだし、鉄筆も3本ほど作られている。

 そして謄写版。スクリーンが張られていないだけで、あとは注文どおりだ。

「うん、いいできだ。さすがだな、ハルト」

「ああ、機織り機に比べたら楽だったよ」

「しかし、こうなるとまず、スクリーンを作らないとな」

 いよいよ製糸と織りに挑戦する時が来たようだ、とアキラは皆に言ったのである。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は9月8日(土)10:00の予定です。

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