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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第2章 産業揺籃篇
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第十五話 少し前進

 3000匹の『晩秋蚕ばんしゅうご』は2齢、3齢と順調に育ち、いまは4齢だ。

 4齢から5齢を壮蚕期そうさんきといい、毎日葉を取り替え、糞を掃除してやる必要がある。

 これを怠ると、病気になりやすいのだ。

 だがこの3000匹は、幹部5人の指導の下、きちんとした管理がなされており、アキラは安心して見ていることができたのである。


*   *   *


 そしてアキラたちは機織り機のことで四苦八苦していた。

 問題になっているのは『綾織あやおり』である。

「うーん、ちょっと勘違いしてたな」

「『たて糸を通すこの部分をアタッチメントで交換できるようにして、2、1、2、1、の順にすればいい』なんて言ったけど、あれは間違いだった」

 アキラとハルトヴィヒが反省していた。

 そう、『2、1、2、1、の順』、これでは、常に同じ繰り返しになってしまい、綾織あやおりにはならなかったのだ。

 よこ糸を1本通すたびにたて糸2本と1本が入れ替わらなければ駄目なのである。

「これは難しいな……」

 そうした機織り機がどんな構造になっているか、まではアキラの『携通』にも情報がなかった。つまり、その先は自分たちで考えなければならないのである。

 だがこの状況を、ハルトヴィヒはむしろ喜んでいた。

「何でもかんでもアキラから教えてもらったんじゃ技術者の名折れだ」

 と言って、朝から晩まで工夫を考えているのである。

 やり方はわかっているので、問題はそれを機織り機にどう反映させるか、ということになる。

 しかもそれは量産性が損なわれないような形でなくてはならない。なかなかの難問であった。


「この部分……『綜絖そうこう』って言うみたいだな」

 『携通』にある資料を検索していたアキラが言った。


 『綜絖そうこう』はヘルドともいう。

 織機しょっきの一部品。緯 (よこ) 糸を通す杼 (ひ) 道をつくるために経 (たて) 糸を運動させる用具である。

 たて糸を一本おきに二枚ある『綜絖そうこう』の片方だけに通しておく。そして、二枚の綜絖そうこうを上下逆方向に動かせば、1本おきにたて糸は上と下に別れて隙間ができる。この隙間が杼道 (ひみち) である。この杼道 (ひみち) によこ糸を通すことで平織りができるわけだ。


「ああ、わかった!」

 その図を眺めていたハルトヴィヒが突然叫んだ。

「この『綜絖そうこう』の数を増やせばいいんだ」

「あ、そうか!」

 今は1本おきだけだが、2、1、2、1のものや1、2、1、2のものを作っておき、順に動かせばいい、とハルトヴィヒは気付いたのだ。


「それなら、それほど大きな改造にはならないぞ」

「さすがハルトヴィヒさんですね!」

 ミチアもハルトヴィヒを讃えた。

「早速改造に取り掛かろう」

「無理するなよ?」

「わかってるさ」


*   *   *


 ということで、アキラはハルトヴィヒに改造を任せ、自分の居住区である『離れ』に戻ってきていた。

「これで、まだ時間は掛かるかもしれないが、絹織物を作る見通しだけは付いたな」

 アキラとしては、この冬に見本の絹織物が織り上がればいいと思っている。

「来年以降は今の10倍20倍の繭を生産して、同時に糸車や機織り機……いや『織機しょっき』を準備していくことになるだろうな」

 いろいろ大変だ、とアキラはちょっとだけ溜め息をついた。

 と、そこへ、

「……溜め息をつくと、幸せが逃げるといいますよ」

 と言いながらミチアが昼食のパンをバスケットに入れてやってきた。

「お、いい匂いだな」

「はい、焼きたてですよ」

 前侯爵の所にも同じものが少し前に運ばれているという。

 忘れがちだが、この『蔦屋敷』では、主人であるフィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵が最優先なのだ。

「お茶、淹れますね」

 もう秋も深まってきており、この日は少し肌寒く、昼でも温かい飲み物が有り難い陽気だった。


「うん、焼きたてのパンは美味いな」

 ほんの少しバターを入れて焼いているため、風味がいい。

「……お仕事、大変なんでしょうね」

「うん、と言うより、俺自身が慣れていないからな」

 アキラは笑顔を浮かべた。が、ミチアの目には、少し無理をしているように映ったらしい。

「アキラさん、お1人で抱え込まないでください。……アキラさんは、どうしても1人で抱え込もうとしますね」

「……そうかな?」

「そうですよ」

 そしてミチアは、アキラの隣に座った。

「私では、アキラさんの手助けはできませんか?」

 アキラは首を横に振った。

「そんなことはない。助かっているよ。さっきの話だが、ミチアがいてくれるおかげで俺はもう、かなり幸せだ。少しくらい逃げても大丈夫さ」

「アキラさん……」

 2人の距離が近付く……。だが。

「アキラ! 『薄葉うすよう』らしき紙ができたわよ!」

 勢いよく戸を開けて、リーゼロッテが入ってきた。

 彼女はここのところ、『紙漉き』の手助けをしていたのだ。

 より正確にいうと、『薄葉』を漉くために必要な条件……こうぞ雁皮がんぴの繊維のほぐし具合や、ノリウツギから採ったつなぎの配合比……などを研究していたのである。

「……って、あら?」

 『薄葉』ができたことに興奮していたリーゼロッテであったが、並んで座っているアキラとミチアの様子を見て、普通じゃないことを察した。

「ごめんなさい。お邪魔だったみたいね」

 と言って身を翻し、出て行こうとした。

 それをアキラは引き留める。

「ちょ、ちょっと待ってくれ、リーゼ。……『薄葉』ができたって!?」

「え、ええ。……これ、だけど」

 リーゼロッテは手にしていた紙をアキラに手渡した。

 受け取ったアキラはそれを日に透かしてみたり、そっと引っ張ったりしてみる。

「うん、丈夫だし、薄いし。これは『薄葉』だ!」

「ああ、やっぱり?」

「これがあれば、もう少しでガリ版が作れるぞ!」

 アキラは上機嫌で叫んだ。

「リーゼ、君の所に蝋はあったっけ?」

「ええ、もちろんよ。話を聞いて以来、準備していたから」

「よし、さっそく蝋紙を作ってみよう!」

「え、ええ」

 リーゼロッテを急かして彼女の研究室へと向かうアキラ。

 途中、リーゼロッテは振り向いて、ミチアに向かい謝る仕草をして見せた。

 その意味を悟ったミチアは少し頬を染めたあと、小さく溜め息をついた。そして、

「……アキラさんにああ言っておいて、私が溜め息ついていちゃ駄目ですね」

 と苦笑し、立ち上がる。そして後片付けを始めたのであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は9月2日(日)10:00の予定です。

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