第十四話 機織り機
申し訳ありません。
予約日時を間違えて9月1日にしてしまっていました……
『蔦屋敷』を覆う蔦が色づき、秋が深まり始めた頃。
アキラは今年最後の飼育サイクルとなる『晩秋蚕』を3000匹孵化させていた。
「これが今年最後のお蚕さんだ。頑張ってくれ」
「へい旦那」
すっかりリーダーらしくなったゴドノフが胸を叩いた。
アキラは、安心して世話を任せられるようになった彼らを頼もしく思う。
「ああ、そうそう。この冬だけはセヴランさんの指示に従ってくれ」
「へい、わかりやした」
その他にも、伝えるべきことを伝えたアキラは『離れ』に戻る。
「ここにも、すっかり馴染んだなあ……」
アキラが『離れ』の中を見回していると、
「今年の蜂蜜は大豊作ですよー」
と言いながら、ミチアが大瓶を持ってやって来た。
「へえ、それはよかったな」
蜂蜜は用途が広い。貴重な甘味であり、薬の原料にもなる。おまけに腐らないので保存が利く。
ただ注意しないと、寒さによって糖分が結晶することがある。
これは化学物質の宿命なので、純粋蜂蜜だろうが混ぜものがしてあろうが、結晶する時は結晶する。
ただ、
「……果糖の割合が多い蜂蜜の方が結晶しにくいんだってさ」
と『携通』由来の知識を披露するアキラ。
蜂蜜の成分は水分、ブドウ糖、果糖、若干の麦芽糖、ショ糖、それに僅かなミネラル分やビタミン、食物繊維などである。
主な糖分はブドウ糖と果糖であるが、果糖の方が水溶性が高く、従って結晶化しづらいというわけだ。
腐りにくいので暖かい部屋で保存しておけばいいだろう、とアキラは言った。
「パンケーキに塗ったり、ホットミルクに蜂蜜を入れると美味しいですからね」
『離れ』の保存棚に蜂蜜の入った大瓶をしまいながらミチアは楽しそうに言った。
「うん、そうだよな」
そう答えながらもアキラは、この世界のパンケーキがあまり美味しくないことを思い出している。
要は『膨張剤』に相当するものを入れないので、パンケーキというよりもクレープのやや厚手のものと言った方が近いのだ。
もっとも、クレープと思って食べればまずくはなく、それなりに美味しいのだが。
(せめて重曹を入れればいいんだけどな)
あるにはあるが、ミョウバンよりも高価なようで、おいそれと料理には使えないようなのである。
(冬はそういった改善も考えていくか……)
養蚕に直接関係はしないが、生活水準を底上げすることは有形無形に世界のためになり、巡り巡って自分の益になる……はずだ。
アキラはそう信じていた。
* * *
そして、蚕たちが3齢幼虫になった頃、機織り機が届いた。まずは1機。
置き場所はとりあえずということでハルトヴィヒの工房だ。
ちなみに『機織り小屋』は現在進行形で建築中。
「おお、これが機織り機か」
アキラの『携通』にあるような、人力の機織り機にかなりよく似ている。
『飛び杼』あるいは『シャトル』と呼ばれる、横糸を効率よく通す仕組みも使われており、かなり効率よく布を織ることができそうだ。
「これは毛の薄目の布を織るために調整されているそうだ」
あちこちを調べていたハルトヴィヒが言う。
「絹糸の太さはこの前見ているから、ちょっと調整してやれば対応できるようになるだろう」
「助かるよ、ハルト」
そして、一緒になって機織り機を見ていたミチアも、
「アキラさん、ハルトヴィヒさんの調査が終わったら、この機織り機、使わせてもらっていいですか?」
と言いだした。
「え? ミチア、使えるのか?」
「はい。少しだけ、やったことがあります」
「ミチアは器用だなあ」
「実演してもらえると助かるよ」
だが、仲間にそういう技能を持った者がいるというのは非常に助かるので、アキラもハルトヴィヒも二つ返事でそれを了承したのである。
結局、ハルトヴィヒはミチアに協力してもらいながら機織り機を解析していった。
『布を織る』とは、結局のところ『経糸』に『緯糸』を通していくことである。
服地をしげしげと観察することはあまりないだろうが、網戸の網や、金網なら見たことはあるだろう。あれらはうんと『粗く』織った布、ということができる。
もっともっと『布目』を詰めていけば、向こう側が透けて見えない布ができるのだ。
アキラが入手し、ハルトヴィヒが解析している機織り機は、構造的には地球のそれとは異なる点は多々あったが、原理はほとんど同じであり、最終的に織り上がる布もほとんど同じであった。
試しに、毛織物を30センチほどミチアに作ってもらった。
織り上がった生地はチャコールグレーで、アキラはそれを見て1つ気が付いたことがあった。
「これって……何て言ったかな? ああそうそう、『平織り』だ」
その色から冬物ズボンを思い出したのである。
「ハルト、この織機って、他の織り方はできないのかな?」
「他の織り方?」
ハルトヴィヒは首を傾げた。
「ああ。綾織りとか繻子織りとかだな」
「なんだい、それ?」
どうやらハルトヴィヒは織り方には詳しくないようなので、アキラはミチアとリーゼロッテに尋ねてみることにした。
だが、結果は同じ。
「綾織りってなんですか?」
「織り方って、そんなにいろいろあるの?」
「あるぞ」
アキラは織り方の図を『携通』の画面に表示させた。
「へえ……」
「これが、そうなのね」
『綾織り』とは、経糸何本かに対して、緯糸1本の割合で織るやり方で、デニム、ツイード、ダンガリー、ネルなどがそれにあたる。
身近なデニムを見ればわかるように、織り目が斜めになっているのが特徴だ。
『繻子織り』とは、経糸・緯糸5本以上から構成される。
例えば経糸5本に緯糸1本を通す、といった具合だ。サテン(繻子)がこれにあたる。
「要するに、経糸を通すこの部分をアタッチメントで交換できるようにして、2、1、2、1……の順にすればいいのかな?」
ハルトヴィヒが考えを述べる。
アキラも、機織り機については詳しくないし、この世界の物についてはなおのことわからないので、
「多分そうだと思う。……でも自信がないな」
と、正直な返答をした。
「そう、か……それじゃあ、使いながら解析していくか」
「あ、それでしたら、私がお手伝いしましょうか?」
ハルトヴィヒの発言に、ミチアが答えた。
確かに、使っているところを見るというのは非常に役に立つ、とハルトヴィヒは考えた。
「それじゃあ頼むとしようかな」
「はい、お任せください」
こうしてミチアの協力の下、ハルトヴィヒによる機織り機の解析が始まったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月1日(土)10:00を予定しております。
20180826 修正
(旧)毛織物を1メートルほどミチアに作ってもらった。
(新)毛織物を30センチほどミチアに作ってもらった。
(誤)「あ、それでしたら、私が1回使ってみましょうか?」
(正)「あ、それでしたら、私がお手伝いしましょうか?」




