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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第2章 産業揺籃篇
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第十三話 冬が来る前に

 また少し季節は進み、蚕たちは全て繭となった。

「今年は順調だったな」

 2000個の繭を見て、アキラはほっと溜め息をついた。

「まだあと1回ありますよ」

 ミチアが補足する。

「そうだな。まだ気を緩めちゃいけないな」

 そう、この年の蚕の飼育はあと1回、『晩秋蚕ばんしゅうご』と呼ばれるサイクルが残っている。

「気温の変化や昼の時間が短くなっているからな。お蚕さんの飼育には気をつけないと」


 その他にも、アキラは考えなければいけないことがあった。

 冬の間の『従業員』の仕事である。

 繭から糸を取り出し、布を織るのは来年以降になる。今年はまだそちらの仕事はないのだ。

 かといって遊ばせておくわけにもいかない。

 今のところ、養蚕以外の産業として製紙があるので、こちらに少し人手を回せそうではある。

 だが、幹部も入れて25人全員というわけにはいきそうもない。


「うーん、悩ましいな」

 人を使う上で難しいのは仕事の割り振りである。

 特にアキラは人を使うことに慣れていないのでここ数日悩みっぱなしであった。

「アキラさん、あまりお悩みになりませんよう」

 ミチアも心配してそんな声を掛けている。

「わかってはいるんだけどな。……製紙の他には染色、ハンドクリーム、リップクリーム、化粧水なんかの生産があるけど、それ全部を合わせても25人が一冬掛かるほどの仕事じゃないし」

「それはそうですね」

「……やっぱり、セヴランさんに相談した方がいいかな」

「そうですね……」

 まだ25人が手空きになるまで1月以上ある。準備期間を考慮するなら、今のうちに相談した方がいいだろうとミチアは言った。

 アキラも、その助言に従うことにする。


*   *   *


 アキラがセヴランに相談したいと言うと、重要な話と察してくれたらしく、すぐに時間を取ってくれた。

「なるほど、そういうご心配ですか」

 セヴランは納得したように何度か頷いた。

「確かに、アキラ様はこうした配下を大勢使うことには慣れていらっしゃらないわけですからね、そうした悩みはおありでしょう」

「ええ、そうなんです」

 ここは、変に格好を付けようとはせずに、正直に問題点を相談するべきだとアキラは判断していた。

「確かに、この冬は手空きになりますか。それでしたら、こちらで仕事を割り振ることに致しましょうか?」

「ええ、そうしてもらえれば助かります。来年の冬以降は、製糸をはじめとした絹産業の諸々を教えることになるでしょうけれど、今年はまだちょっと……」

「なるほど。では毎年ではなく、今年の冬のみ、ということでよろしいですね?」

「はい」

「わかりました」

 セヴランは頷いた。

「そういうことでしたら、幾つか与えられる仕事はあります」

 それを聞いて、やはりセヴランに相談してよかった、とアキラは思った。

 

 セヴランに聞いたところ、この『蔦屋敷』における冬の間の仕事としては、

1.鉱石類の採取

2.畑の開墾

3.木材の切り出しと製材

4.宿舎の整備

 などがあるという。

 寒くとも雪が少ない地方ならではの内容もある。

 特に2、3は来年以降の養蚕産業の発展に必要になるだろう、ということだった。

「木の伐採は、水分が少なくなる冬が適しておりますので」

 とセヴランは言った。また、

「あの村の者たちは皆、林業に通じておりますので」

 とも。

「では、そちらはお任せします」

 アキラはこれで肩の荷が下りた、とほっとしたのであった。


*   *   *


 『離れ』に戻ったアキラは、相変わらず『携通』のデータを書き写しているミチアに報告した。

「そうですか、確かに木材はこれからどんどん必要になりますものね」

 ミチアはデータを書き写す手を止めて、その結果に頷いていた。

「そうしますと、もしかしたら木材についての知識も重要になりそうですね」

 『携通』をちらと見ながらミチアは言う。

「うーん、そうだろうなあ」

「そうなりますよ、きっと。……私もいくらか写し終わってますが、木工に関するいろいろな情報は、きっと役に立つと思います」

 日本の伝統工芸についてのデータの中に、当然ながら木工のノウハウも含まれており、その中にはこの世界に有益なものも多分に含まれているはずなのだ。

「私、頑張りますね」

 そう言ってくれるミチアを、アキラは頼りになるなあ、と思いつつ見つめた。


「お邪魔するわよー」

 そこにリーゼロッテがやってくる。

「あ、いたいた。アキラ、ちょっと意見があるんだけど」

「……うん? どうしたんだ? まあ、入れよ」

 アキラは訪ねてきたリーゼロッテを招き入れ、椅子を勧めた。

「ありがと。ええとね、意見というか、助言というかなんだけど」

 リーゼロッテは前置きを入れて話し始めた。

「アキラは絹織物を産業化する予定なんだから、そろそろ機織はたおり機を考えておいた方がいいと思って」

「機織り機か……」

「私は故郷で少しだけやらせてもらったことがあるからわかるんだけど、機織り機があればすぐにできるようになるってものじゃないわよ?」

「そうなのか」

 リーゼロッテはリーゼロッテなりに、この冬に『織り子』の育成をした方がいいと助言しに来てくれたのだった。

「麻や毛織物用の機織り機で絹が織れるかも不明だしね」

 ハルトヴィヒが改造するにしても新しく作るにしても、今のうちに機織り機も手配しておくべきではないかというのであった。

「わかった。助言ありがとう」

 冬が来る前にやっておくべきことは多そうだ、とアキラは改めて思った。

 元いた世界なら、機織り機の手配だって一週間も掛からないだろうが、この世界では違う。おそらく一ヵ月、二ヵ月掛かるのだろうから。

(まだまだこの世界に馴染めていないな……)

 少し反省したアキラであった。


*   *   *


 さっそく、セヴランを通じてフィルマン前侯爵にそのことを話すと、

「わかった。機織り機の手配をしておこう」

 と言ってくれた。

 その際希望を聞かれたので、

「できるだけ細い糸に対応した機織り機をお願いします」

 と頼んだアキラであった。


 アキラがこの世界に迷い込んで2度目の冬はもう間近である。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は8月26日(日)10:00の予定です。

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