表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
ちょっと長めのプロローグ
6/420

第六話 発見と安堵

虫が嫌いな方はご注意下さい。

 アキラとミチア、セヴランは、蚕を飼う準備を始めた。

「アキラ様、何が必要ですか?」

 セヴランからの質問に、アキラは少し考えてから答えた。

「最初は100匹くらいしかいないので、まず増やすことを考えなくてはなりません」

「はい」

「蚕の部屋……『蚕室さんしつ』といいますが、風通しがよく乾燥した部屋が望ましいです」

 アキラは、その昔は『突き上げ屋根』と呼ばれた家の造りがあったことを説明する。


 屋根の中央から、小さな屋根が上に突き出している造りで、アキラは資料を見た時、『秘密基地みたいだ』と思ったものだ。

 蚕を守るため、日当たりと風通しをよくする工夫をした結果である。

 現代日本にも、山梨県甲州市の上条集落には今も多数の『突き上げ屋根』造りの家が残っている。


「ふむ。では、『2階建て』の小屋を建てることにしましょうか?」

「そうですね……増やすことに成功したら建てていただくことになりそうです。今はまず繁殖からですね」

「そういえば、その『かいこ』ですか。何を食べるんですか?」

「それなんですよ……」

 アキラは、家で試しに飼ってみるために人工飼料をいくらか持っていた。

「当面はこれで凌げますが、『桑』の木を探さないと……」

「くわ、ですか。どんな木なんですか?」

 ミチアが尋ねる。

「ええと、葉っぱはあまり定まった形がなくて……そうそう、初夏になると実が生ります」

「どんな実ですか?」

「小さな粒々が集まったような感じで、熟すと黒紫色になります」

「……それってマルベリーみたいですね」

 先程食べたジャムの原料である。

「あっ、そうか!」

 アキラは、先程マルベリーの味になんとなく覚えがあったのは、桑の実の味だったからだ、と気が付いた。桑のことをマルベリーということを知らなかったアキラであった。

「マルベリーってどんな木ですか?」

 今は少しの可能性も追いかけたいアキラである。

「近所に生えてますよ。ご案内しましょうか?」

「お願いします。……ええと、セヴランさん、『飼育箱』を用意していいただくことはできますか? 木で作った、これくらいの浅い箱なんですが」

 長さの単位がわからないので、アキラは手で大体の大きさを示した。

「おやすいご用です。さっそく作らせましょう」

 こうして、アキラとミチアは桑の木を探しに。セヴランは『飼育箱』を準備に、とそれぞれ動き始めた。


 屋敷から森へ。

 やがて二人は明るい森の一角へと辿り着いた。そこには、見上げるほど大きな木と、若木と思われる木がそこかしこに生えている。

「これがマルベリーの木です」

 ミチアが指し示すその木は、アキラが見たところ間違いなく『桑』の木である。

 葉を調べてみるアキラ。

 桑の葉は、おおまかに言うと心形(ハート型)であるが、大きく切れ込むものもあって、変化があるのだ。

「多分これだ。だが、確証はないけどな……」

 葉の手触りは、自分が知っている『桑』と同じだった。 さらに見ていくと、赤い実、紫色の実が生っている木もあった。

 独特の粒々が集まった形状。

「これなら間違いなさそうだ」

 踊り出したい気持ちを抑えて、アキラは黒紫色に熟したマルベリーの実を一粒(つま)んでみた。

「あ、アキラさん、よくご存知ですね。さっきも仰ってらしたように、紫色の実は甘いですけど、赤い実は酸っぱいんですよね」

 と言って、ミチアも熟した実を1つ、口に入れた。


 『どどめ色』という言葉がある。響きからなんとなく18禁的な印象を受けるが、『どどめ』というのは『熟した桑の実』のことで、深みのある黒紫色のことだ。

 英語ではマルベリーパープルという。


 閑話休題。

 味はアキラが知る桑の実であった。

 そして、アキラは葉を何枚かむしってみた。

「ミチア、この木は毒が含まれているということはないよな?」

 念のために確認してみる。何といってもここは地球ではない異世界なのだから。

「ええ、それはありません。この木の若葉を和え物にして食べることもあるくらいですから」

「そうか、それならまず大丈夫だな」

 孵化した蚕に与えてみれば確実にわかる。

「あとは……この木って、ここ以外にもたくさん生えているのかい?」

 蚕を増やすなら、桑の木も増やさねばならないわけだ。

「ええ、森の奥には大木もありますし、わりあいありふれた木ですので」

「それはよかった」

 いずれ、この木の栽培……『桑畑』も作ることになるだろう、とアキラは心に刻んだのである。


 余談だが、『桑畑』のことを『桑原』という地方もあり、名字の元となっている。

 さらに余談だが、雷が鳴った時に「くわばら、くわばら」と言うが(昔の人は特に)、それは、平安時代、政争に敗れて太宰府に左遷され、失意のうちに亡くなった菅原道真公が死後雷神(=天神)となり、各地に落雷の被害を与えた。

 だが道真公の領地が『桑原』であったためそこだけは被害を免れたということで、『ここは貴方の領地です、だから雷を落とさないでください』という意味を込めて「くわばら、くわばら」と言うようになった、という説がある。


*   *   *


「これで当面は何とかなりそうかな」

 戻ってきたアキラは、孵化寸前の卵を見つめ、安堵の溜め息をついた。


 次は蚕室さんしつの準備である。

「蚕を飼うには……直射日光の届かない、涼しい部屋が必要なんだ」

「でしたら裏の倉庫はどうでしょう?」

 屋敷の北側にあり、しかも高床になっているという。

 この地方はあまり湿度が高くないようなので、そちらの環境も大丈夫そうだ。

「ちょっと見に行こうか」

 と、いうことでアキラとミチアは屋敷の裏手へと回り込んだ。

「ああ、これならよさそうだ」

 風通しがよさそうな倉庫であった。それが3つ、並んでいる。

「奥の1つは使っていないので、断れば使わせていただけるのではないでしょうか」

「それじゃあ、頼んでみるかな」


*   *   *


 結果、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵は快く使用許可を出してくれた。

 アキラとミチアがその倉庫を綺麗に掃除し終えたのは同日夕刻。

「ふう、間に合ったな」

「間に合いましたね」

 卵が孵化する前に、風通しのよい倉庫を確保することができた。

 最初なのでいわゆる『蚕棚』ではなくテーブル上に浅い木箱を置き、その中で飼うことになる。

 セヴランから受け取った木箱に孵化寸前の種紙を置く。

「これで、朝起きたら孵化しているといいな」

「ええと、マルベリー……『桑』の葉を与えるんですよね?」

「そう。最初は小さく刻んで与えることになると思う」

 生まれたばかりの幼虫は、体長僅か数ミリ。

 こうした幼虫は、『端』から食べていくので、大きな葉よりも、小さく刻んでやった方が食べやすくなるというわけだ。

「楽しみですね」

 期待を込めた目で、ミチアは種紙を見つめた。

 そして、それはアキラも同じである。

「まったくだ」

 そして夜は更けていった。

 お読みいただきありがとうございます。


 2月12日(月)も休日ですので更新します。


 20180211 修正

(誤)多きな葉よりも、小さく刻んでやった方が食べやすくなるというわけだ。

(正)大きな葉よりも、小さく刻んでやった方が食べやすくなるというわけだ。


 20220122 修正

(誤)踊り出したい気落ちを抑えて、アキラは黒紫色に熟したマルベリーの実を一粒(つま)んでみた。

(正)踊り出したい気持ちを抑えて、アキラは黒紫色に熟したマルベリーの実を一粒(つま)んでみた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ