表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第2章 産業揺籃篇
59/433

第十二話 漂白剤

「ほほう、何やら臭い実験をしておると思ったら、これをしておったのか!」

 にかわとミョウバンを混ぜた液を使う『ドーサ引き』で和紙のにじみを止めたアキラとミチアはパトロンであるフィルマン前侯爵に報告を行っていた。

「……申し訳ございません」

 アキラの『離れ』は屋敷の北西にある。冬は北風が吹くので、膠を煮る臭いは屋敷中の者が嗅いでいたのであった。

「まあよい。それほど長時間ではなかったしな」

 フィルマン前侯爵は笑った。

「だが、この処理をした和紙であれば、十分に実用的だな。膠とミョウバンだったか、それも技術移管しておくように」

「わかりました」


 こうして、和紙のにじみ止めという山を越えたアキラであった。

 余談だが、この功績の報奨金として、アキラは5000フロン(約50万円相当)を与えられた。


*   *   *


「アキラさん、この石は違いますか? 爪で傷が付きますよ」

 朝から山へ行っていたミチアが、アキラに緑色がかった白い石を差し出した。

「どれどれ……うん、軟らかいな。多分、これは滑石だ! すごいぞ、ミチア!!」

「お役に立ててよかったです」

 アキラに褒められたミチアは嬉しそうである。

「これを乳鉢で磨り潰せばタルカムパウダーになるはずだ」

 アキラは『携通』を確認する。そして……。

「え? ……うーん……」

 一転して難しい顔になるアキラ。ミチアはそんな彼を心配して、

「アキラさん、何かありましたか? 私、失敗したんでしょうか?」

 と尋ねた。だがアキラは首を振って、

「いや、ミチアが悪いんじゃない。俺がちゃんと確認しておかなかったのが悪いんだ」


 どういうことか、アキラはミチアに説明した。

 アキラは当初、滑石を用いてベビーパウダーも作れるなと考えていたのだが、調べていくと滑石にはアスベスト(石綿)を含むものがあるらしいことがわかったのだ。

 アスベストは発がん性があるため、現代日本では使用が厳禁されている。

 そして、滑石を粉にした際、万が一その滑石にアスベストが含まれていたら……。

 というわけである。

「そういうことでしたか。健康に悪いんですね」

「全部じゃないんだ。この、ミチアが持ってきてくれた滑石に含まれているのかいないのかもわからない」

 調べるすべが今のところないのである。

「わざわざ危険な素材を使う必要もないだろうしな」

 ベビーパウダーは必要にならないほど、この地方は湿気が少ない。夏であっても。

 だから無理をして作る必要はないのだ。

 だが、少しでも人々の生活を豊かにしたい。そうアキラは考えていたのだが、今回の目論見は外れてしまったということになる。


*   *   *


「本当にごめん!」

 その日の夜『離れ』で、アキラはミチアに頭を下げていた。

「や、やめてください、アキラさん」

 ミチアは戸惑っている。

「いや、わざわざ探しに行ってもらって、見つけてきてもらったものが実は使えませんでした、というのは明らかに俺のミスだから」

 あと少しだけ下調べをしていれば、こんな凡ミスはしなくて済んだのに、とアキラはほぞを噛む思いだったのだ。

「いや、悪いことは悪い。けじめはちゃんとつけたい」

 そう言ってアキラは再度頭を下げた。

「わ、わかりました。アキラさん、謝罪を受けます。その上で許します……これでいいですか?」

「ああ、ありがとう」

 自分へのけじめの意味もあったので、ミチアに許してもらえてほっとしたアキラであった。


「……ええと、もういいかな?」

「うわっ!」

 いきなり背後から声を掛けられてアキラは仰天した。ミチアも気が付いていなかったらしく、びっくりした顔をしている。

「ハルトとリーゼか……お、脅かすなよ」

 とアキラが言うと、リーゼロッテはにやりと笑い、

「いや、話があってきてみたら2人でいちゃついていたから」

 と言った。

「い、いちゃつい……」

 ミチアは顔を赤らめたが、アキラは見かけ上は平然と、

「あのどこがいちゃついているように見えたんだ」

 と反論。実は、内心はかなり照れて焦っていたのだが。


*   *   *


「……で、無駄なことをさせてしまったことを謝っていた、と」

「そういうわけだ」

 2人に事情を説明し、なんとか納得してもらったアキラは、

「で、話って?」

 と、改めて仕切り直したのである。

「ああ、そうそう。……過酸化水素ができたぞ」

「ほんとか!? やったな!」

 これで、紙の漂白ができる……かもしれない。

 もし漂白が不十分でも、消毒薬としての過酸化水素水は有益なはずだ。

「ほら、これさ」

「あたしが魔法式を刻んで、ハルがそれを実用化してくれたのよ」

 見せられた魔法道具は、アキラの目には生ビールのサーバーのように見えた。

 10リットル以上入りそうな樽型の本体の下部に蛇口が付いている。

「ここに水を入れて一定時間置けば、この部分が大気中の酸素を取り込んで過酸化水素水を作ってくれる」

「なるほどなあ」

 魔法がある世界ならではの道具といえよう。

「あとは、この濃度で漂白が十分かどうかを検証するだけだ」

 だいたい1時間で10リットルの過酸化水素水が作れるという。

「もうできているはずだ。実験してみたいんだが」

「いいだろう」

 ということで、以前作った和紙を漂白してみることにした。

「過酸化水素水をこの容器に入れて……」

 木の桶ではまずいので、ガラス製の容器に入れた。金属の容器も、酸化されてどうなるかよくわからないので避けたのである。

 そこへ和紙を漬けると、やや黄ばんでいた外見が、少しずつ白くなっていく。

「お、使えそうだな」

「やったな、ハルト、リーゼ!」

「うまくいったわね」

「おめでとうございます!」

 これなら、繊維の状態で漂白した和紙も作れるだろうと、アキラは嬉しくなった。

 そしてさらにこの酸素系漂白手段は、洗濯にも応用できた。

 白い麻や木綿のシャツを真っ白に仕上げることができるようになった他、布巾や手拭い、タオルなどの殺菌漂白ができるようになったのである。

 ただし、タンパク質であるウールには使えないし、将来的にシルク製品にも使えないのは残念なところだ。


 それでも、侍女たちの洗濯でも一部省力化できたので感謝されたアキラたちであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は8月25日(土)10:00を予定しております。


 20181104 修正

(誤)ベビーパウダーは必要になならないほど、この地方は湿気が少ない。

(正)ベビーパウダーは必要にならないほど、この地方は湿気が少ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >「全部じゃないんだ。この、ミチアが持ってきてくれた滑石に含まれているのかいないのかもわからない」 魔法で成分分析してなかったっけ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ