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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第2章 産業揺籃篇
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第七話 紙の試作

 ちょっとだけ虫注意です

 蚕たちは4齢幼虫となり、桑の葉をもりもり食べている。

 間違って採ってきた『こうぞ』の葉は全て取り除かれ、その分の補充も終わっていた。


「クワ以外のクワ科の葉も、食べなくはないらしいんだが」

 アキラは、ミチア、ハルトヴィヒ、リーゼロッテらと共に打ち合わせをしている。

「食べることは食べても、ちゃんとした繭は作れないらしい。要するに栄養が足りないんだろうな」

 『携通』にあった情報である。

「うーん、やはりお蚕さまは桑の葉、ってことなのね」

 リーゼロッテが半ば感心、半ば呆れたように言った。


 余談だが、アキラたち4人は、公的な場以外では蚕のことを『お蚕さん』『お蚕さま』と呼んでいる。

 これは、かつて日本で養蚕に携わる人々が蚕を大切にしていた表れだ。それを聞いたアキラ以外の3人が自然と『さん』『さま』付けで呼ぶようになり、アキラも改めて……ということなのである。


「……で、そっちはどう? 私の方は、多分できた……と思うんだけど」

 研究を始めてから1週間が過ぎ、リーゼロッテはハルトヴィヒの助力もあって、『ノリウツギ』から『紙漉き用の糊』を抽出し終えていた。

「ああ、こっちもだいたいはよさそうだ」

 アキラも答えた。彼はミチアと協力して『こうぞ』の繊維を取り出す研究をしていたのである。

 意外とこの手間が掛かるようで、『携通』にあった資料を何度も読み返して試行錯誤した結果、

「今年伸びた枝を蒸してから皮を剥いて干し、それから白い部分をそぎ取って灰を入れた大鍋で煮るのがコツみたいだ」

 それを叩いて繊維をさらにほぐしたものが出来上がっている。

「これに糊を入れて漉けば、きっと和紙ができるぞ」

「それはいいな! 早速やってみよう」


 準備は全て調っており、アキラたち4人は一番広さのあるリーゼロッテの研究室で紙漉きを試すことにした。

「これを混ぜ合わせて……」

 楮の繊維が溶けた水にノリウツギの糊を混ぜる。混合比は……これも勘だ。

 『薄い紙を漉きたい時は『ネリ(紙漉き用の糊)』を増やす』と『携通』にあったので、少し多めに入れたつもりのアキラだ。

 それを『漉きふね』と呼ばれる大きな容器にあけた。

 そして、試作用の小型の紙漉き枠を使って濾し取っていく……。

「意外と難しいな」

 できるだけ均一に濾し取る(=漉く)のだが、これがまた難しい。

 何度もやり直すアキラを見かねて、

「アキラさん、ちょっとやらせていただけませんか?」

 とミチアが言った。

「う、うん。じゃあ、頼むよ」

「はい、お任せください」

 アキラとバトンタッチしたミチアは、早速紙漉きに取り掛かった。やり方はアキラが何度もやっていたのを見て覚えている。

「え……と、こうでしょうか」

「ええー……?」

「あ、駄目でしたか?」

「い、いやそうじゃなくて」

 アキラが十数回やり直してもうまく行かなかったのに、ミチアは1回で成功させていたのだ。

 ミチアが器用なのは知っていたが、まさかこれほどとは……と感心するやら落ち込むやらのアキラであった。


「こ、これなら十分だよ」

 漉き枠からだけを取り外す。

 このは、本来は竹製のすのこらしいが、今回は目の細かい網でできている。

 その取り外した簀を陰干しにするのだ。

 今回は、枚数が少ないので1枚1枚別々に干していく。

「乾けば紙になってるはずだ」

「楽しみですね」

 そして、まだ紙の元となる溶液はたっぷりあるし、漉き用の簀も幾つも用意されている。

 ミチアはそれから計5回、紙漉きを行い、少しずつ厚みの違う紙を漉いてくれたのだった。

「明日には乾くだろう」

 とりあえず紙作りの第一歩は踏み出せた。

 この先に待つのは品質を上げることと量産体制を整えることである。


「うまく行くようなら、楮の栽培も念頭に置いた方がいいな」

 と、アキラ。その言葉を受け、ミチアが質問をしてきた。

「あ、そういえば、その楮以外の木では作れないんでしょうか?」

「え……」

 アキラは、『和紙』、それも『薄葉』を作ることに拘りすぎて、楮以外の木でも、いや植物でも紙ができることを失念していたのだった。

「そんなことはない。要は、繊維を取り出しやすい植物があればなんでもいいんだよ」

「でしたら『麻』も使えますよね?」


 『麻紙』(まし/あさがみ)は紙の起源とも言われ、古布の麻を原料とした紙が作られている。

「多分、麻を作ったあとの屑といいますか、糸にできないような残りがあるはずなんですよね」

「ああ、それを使おうというのか」

 ある意味廃物利用だ。

 麻はこの近傍の村でも採れるというので、紙漉き実験用としてミチアに少し手に入れてもらうことにしたアキラであった。


*   *   *


 さて、翌日である。

「おお、乾いた乾いた」

 アキラは干していた紙をから剥がした。

「少しごわごわするが、間違いなく和紙だな」

 そしてそばで見ているミチアに渡す。

「これが『和紙』ですか……」

「まだ試作だけどね」

 ミチアはそれをハルトヴィヒに渡し、ハルトヴィヒはリーゼに渡した。

 2人とも、試作した紙を表から見たり裏から見たり、明かりに透かしてみたりして納得したようだった。

「確かに紙ね。……うーん、帝国の紙とは全然違うみたい」

 リーゼロッテの発言に、ハルトヴィヒも頷く。

「そうだな。多分材料が違うんだろう。それに製法も少し違うんじゃないだろうか」


 紙の製法は洋紙と和紙で大きく異なるし、材料も同様だ。

 一般的に言って洋紙の方がローコストで大量生産できる。欠点は丈夫さと耐久性であろうか(あくまで一般論)。

 今回アキラが和紙に拘っているのは『ガリ版』用の原紙を作るためであるから、今の方向性は外せない。

「見た目も用途も違った方が、余計な軋轢あつれきを生まなくていいかもしれないし」

 というアキラの意見に、

「そうかもしれないな」

 とハルトヴィヒも同意したので、この方向性で『和紙』開発を続けることにしたアキラたちであった。


「なら、もう『ノリウツギ』がないんだけど」

 リーゼロッテが言う。

「あ、それでしたら昨日『楮』と一緒に少し採ってきました」

「助かるわ」

 そつのないミチアであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は 8月5日(日)10:00の予定です。


 20180804 修正

(誤)アキラは、『和紙』、それも『薄様』を作ることに拘りすぎて

(正)アキラは、『和紙』、それも『薄葉』を作ることに拘りすぎて

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