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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第2章 産業揺籃篇
52/433

第五話 トラブル転じて?

虫注意です

 催青さいせい期の卵を黒い布で覆い、二日後の朝、アキラは布を取りのけ、光に当てた。『二夜包み』というわけだ。

 これにより、光を当ててから1時間後、一斉に孵化が始まったのだった。

「おお、うまくいった」

 『蟻蚕ぎさん』あるいは『毛蚕けご』と呼ばれる、1齢幼虫である。

「さあ、ここからは任せるぞ」

 アキラは基本見守りに徹し、問題があると感じた時だけ口を出す、と言った。

「へえ、任せてくだせえ、旦那」

 相変わらずアキラを『旦那』呼ばわりするゴドノフが胸を叩いた。

 頼もしくなったゴドノフたちを見て、アキラはこれからのことを考え始めていた。


*   *   *


「とにかく、今年の秋までは繭の生産を中心に行っていくつもりだ」

 『離れ』での打ち合わせ。

 アキラ、ミチア、ハルトヴィヒ、リーゼロッテの4人でいろいろ相談をしているのだ。

「その繭を使って、まずは我々だけで絹糸作りのノウハウを確立しておくわけだな」

 ハルトヴィヒが言う。

「必要な機材作りは任せてくれ」

「ハルト、頼むよ。……そしてリーゼには聞いておきたいことがあるんだ」

「あら、何かしら?」

「鉛、錫、アンチモンっていう金属をしっているかい?」


 これらは活字合金を作るために必要な金属である。

 活字を鋳造で製作するための合金に必要な性質は、微細な型の中に入っていく流動性と、凝固時の収縮度合の小ささだ。

 ……と、『携通』内の資料にあった。割合は鉛80パーセント、アンチモン17パーセント、錫3パーセントが標準。


「ええと、鉛と錫はあるわ。……あんちもん? それってどんな金属かしら?」


 アンチモンはレアメタルの一種である。

 面白いのはその名前にまつわるエピソードで、

『豚にアンチモンを与えたら(駆虫薬として働き)豚は丸々と太った。そこで栄養失調の痩せた修道士に与えたところ、太るどころではなく死んでしまった。それゆえアンチ・モンク(修道士に抗する)という名が与えられた』

 とネット事典には載っている。

 実際には『アンチモン』という語の語源はアラビア語に由来するらしいが。

 その他、アンチモンの性質などを、アキラはリーゼロッテに説明した。


「うーん……それに該当する金属には心当たりがないわねえ……」

「そうか……」

 がっかりしたアキラであったが、リーゼロッテは心にとめておく、と約束したのでその話は一旦終わりにした。


薄葉うすよう紙があればなあ……ガリ版が作れそうなんだが」

「ガリ版?」

 アキラのぼやきに、ハルトヴィヒが反応した。

「ああ。手軽な印刷方法で……」

 アキラは『ガリ版』について簡単な説明をした。

「なるほど。そのヤスリ板と鉄筆はすぐ作れるだろうが、原紙? とかいうその紙がないわけか」

 アキラは頷いた。

「ああ。まず和紙作りから始めなきゃな」

 先は長そうだ、とアキラは思った。

「あ、でも紙ができればいろいろと役に立つかな?」

「紙?」

「紙ならあるぞ?」

 リーゼロッテとハルトヴィヒが反応する。

「ゲルマンス帝国では、その昔『異邦人エトランゼ』が製法を伝えた『紙』がある。製法は門外不出なので他の国では作っていないし作れないけどな」

「……もしかして、アキラは紙の作り方知ってるわけ?」

 アキラは頷いた。

「ああ。簡単なものなら作ったこともある」

 牛乳パックで紙を作った子供時代をアキラは思い出していた。

「……」

「……どう考えたらいいかな」

 確かに、アキラが知っている紙の製法はゲルマンス帝国から盗んだものではない。だから彼が紙を作ることは問題ない……はずだ、とハルトヴィヒは考えた。

 だが。

「……もし紙を作るなら、その前に前侯爵に断りを入れた方がいいぞ」

 と忠告だけはしておくハルトヴィヒであった。


 そして、その日は意外と早く訪れる。


 蚕が皆、2齢幼虫になった頃のこと。

「え? お蚕さんが葉っぱを食べないって?」

 イワノフからの報告で、アキラは蚕室さんしつへと向かった。そして、

「ああ、本当だ」

 一部の飼育箱の蚕は、新しい葉をほとんど食べていなかったのだ。

 その数、2箱。およそ40匹の蚕は、与えられた葉を食べていなかった。

「……なんで……うん? あれ?」

 様子を観察していたアキラは、与えられた葉に違和感を感じていた。

「これ……桑の葉じゃないぞ?」

 よく似ているが、違う種類の葉である。

「えっ? そうなんでやんすか?」

 リーダー、ゴドノフも慌てた。そこへレレイアがやってくる。

「あ、それって『ニセグワ』の葉じゃない?」

「『ニセグワ』?」

「はい。桑の木に似ている樹です。今頃実を付けるんですが、その実も桑に似てはいるんです。でも食べると小さなトゲが舌に刺さったりして食べづらいんですよね」

「なるほど……待てよ?」

 レレイアの説明を聞いていたアキラは、ふと引っ掛かることがあった。

「……よしレレイア、その『ニセグワ』の葉は急いで回収して、桑の葉を与えておいてくれ。それが済んだら、在庫の桑の葉をチェックだ。……ニセグワと桑の見分けが付く者を動員しろ」

「はい、わかりました」


 レレイアに必要な指示を出したアキラは『離れ』に戻った。

 そして『携通』を起動し、調べ物を行う。

「ええと……これだこれだ……ああ、やっぱりそうだ!」

 大きな声を出したアキラを、洗濯物を持って外を歩いていたミチアが聞きとがめた。

「アキラさん、どうなさったんですか?」

「ああ、ミチア。そうだ、ミチアは『ニセグワ』って知っているかい?」

「ニセグワですか? はい、知っていますよ。山にも結構生えています。あの実はトゲが刺さるから好きじゃないんですよね」

「そうか! それは好都合だ」

 ミチアの返答を聞いたアキラは喜びを隠せなかった。

「ア、アキラさん? どうしたんですか?」

 アキラはミチアに説明した。

「ミチア、その『ニセグワ』ていう樹は『こうぞ』だ!」


 楮は三椏ミツマタと共に、和紙の原料となる樹であった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は7月29日(日)10:00の予定です。


 20180728 修正

(誤)楮は三椏ミツマタと共に、和紙の減量となる樹であった。

(正)楮は三椏ミツマタと共に、和紙の原料となる樹であった。

 orz

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― 新着の感想 ―
[一言] 楮と桑って似ているんだ。へ〜
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