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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
ちょっと長めのプロローグ
5/420

第五話 小さな一歩目

虫が嫌いな方はご注意下さい。

「うーん、どれも美味しいけど、ラズベリーが好きかな?」

「ふふ、私もなんです」

 アキラの懇請により、ミチアは同じテーブルについて昼食を食べていた。

「このマルベリーっていうのも美味しいけどな」

 マルベリーは深い紫色をしたジャムとなっている。ラズベリージャムとクランベリージャムは共に深紅色だ。

 アキラは、マルベリーの味に、なんとなく覚えがあったのだが、思い出せないでいる。


「ジャムとしては、酸味のある果実を使った方が私は好きです」

「そうなんだ」

 甘い実の方が砂糖の節約になると思った、とアキラが言うと、

「モモのジャム、というのもありますけどね」

 とミチアは答えた。

「ああ、モモがあるんだ」

「はい、ありますよ。熟すのはもう少し先ですね」

 そんなやり取りをして、アキラはふと気が付いた。

「ごめん。今って季節は? で、何月になるんだ? ああ、あと1年は何日になる?」

 矢継ぎ早に質問をする。ミチアは少し面食らったが、すぐに答えてくれた。

「ええと、初夏……でしょうね。5月になります。今日は15日です、1週間は7日で1ヵ月は30日だったり31日だったり。1年は365日です」

「俺の世界と同じなんだな」

「はい、そうらしいですね。『異邦人エトランゼ』の方は皆そう仰っていたようです。といいますか、この暦も『異邦人エトランゼ』の方が作られたらしいですよ」

 思わぬ所で先人の業績を知ったアキラであった。

「迷い込んだ先輩たちは色々やっていたんだなあ……俺はなんにもできそうもないや」

「そんなことないと思います。アキラさんはきっと何か、素敵なことを成し遂げてくれます!」

「はは、ありがとう。……そういえば、荷物整理をしていなかったな」

 昨日は落ち込んでいて、とてもそんな気になれなかったのである。

「お手伝いしましょうか?」

 とミチアが言ってくれるが、そこまで多いわけではない。

 カバンの中身を再確認するだけだ。

 そしてカバンを開けた途端、アキラは大事なことを思い出した。

「いけない!」

「ど、どうしました?」

 思わず叫んでしまったアキラに、びっくりしたミチアが声を掛けた。

「……種紙たねがみがあったんだ……幸い、まだ孵化ふかはしていないけど、青くなってる……と、いうことは孵化間近だ。どうするかな……」

 しばし悩むアキラであった。ミチアはそんなアキラの邪魔をしてはいけないと、昼食の後片付けもそっと静かに行った。


「……よし」

 やがてアキラは顔を上げた。

「ミチア、ちょっと聞きたいんだけど」

「はい、何でしょうか?」

「『絹』って知ってるかい?」

 アキラのその質問に、ミチアは首を傾げた。

「絹、ですか? それはどういうものです?」

「ええと、木の葉を食べる虫が吐き出す糸を紡いだものを絹糸、といって、その絹糸で織った布を絹、絹布けんぷというんだけど、聞いたことはないかな?」

 もしかしたら別の名称で呼ばれているかもしれないと、簡潔な中にも詳しい説明を心掛けた。

「虫が出す糸ですか……いえ、私は聞いたことありません」

「そうか」

 ここでアキラは、もしかしたらこの地方で蚕を飼育し、絹を産業にできるかもしれないと考えた。

 自分のように迷い込んだ先人たちは、皆何らかの功績を上げている。だからというわけではないが、せっかくの蚕の卵を、うまく活用できたらいいな、と思ったのである。

 元々アキラは『甲陽大学園 シルク研究会』で絹と絹織物の復権をめざして研究に励んでいたのだから。


「ミチア、フィルマン様に話があるんだけど、面会できるかな?」

 まずは館の主に話を通そうとアキラは考えた。

「はい、大丈夫だと思います。お伺いしてきましょうか?」

「ああ、頼む」

「はい!」

 ミチアは小走りに館へと駆けていった。


 そして待つこと10分ほど。ミチアが駆け戻ってきた。

「お待たせしました、アキラさん。大旦那様は喜んでお会いするそうです」

「わかった。すぐ行こう」

 アキラは必要なものをカバンに入れたあと、ミチアに案内され、『蔦屋敷』へ。玄関には家宰のセヴランが待っていた。

「アキラ様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 屋敷の中はセヴランが先導し、執務室へとアキラは案内された。


「おお、アキラ殿か。ミチアから聞いたが、何か急ぎの相談があるとか。何だね?」

「はい。まずは確認の質問をさせてください」

「うむ」

 アキラは荷物に入れていた『絹のハンカチ』を差し出した。

「この生地をご存知でしょうか?」

「どれ」

 家宰のセヴランがそれを受け取り、フィルマンに渡した。

「むむ。……こ、これは!? なんという艶やかな生地だ。それに柔らかな手触り。……何という生地なのだ?」

「『絹』といいます。ご存知ありませんでしたか?」

 フィルマンは頷いた。

「侯爵として色々なものを見てきたが、このような生地は初めて見る。何から作るのかね?」

 アキラはほっとした。

「はい、そのことでご相談したかったのです」

「詳しく聞こうではないか」


*   *   *


 アキラは『絹』について説明した。フィルマンは真剣な面持ちで一言も口を挟まずに聞いている。

 大学内でのプレゼンテーションを数回していたアキラは説明にはそこそこ慣れていたので、わかりやすかったようだ。

「……以上です」

 しばしの沈黙の後、フィルマンが口を開いた。

「……ふうむ、君の国では、その『かいこ』とかいう虫が吐き出す糸を使って織物を作っている、というのだな?」

「はい」

「そして君は、その『かいこ』の卵を持っている」

「そうです」

「さらに、あと数日で、望むと望まざるとに関わらず、その卵は孵化してしまう、と」

 アキラは頷いた。

「はい。自分としましては、前の世界で研究していたこの『絹産業』を、この土地で興してみたら、と思うのです」

「それで儂のところに来たか」

「はい。すぐに産業化というのは無理ですが、この蚕を増やすことができたら、そして布に織り上げることができたら、服地の革命となるでしょう」

「ふむ、先程のハンカチ、それが『絹』という服地だと言ったな。確かに、それが手に入るようになったら、これは素晴らしいことに違いない」

 フィルマンはそこで一旦言葉を切って、何ごとかを考え、改めて口を開いた。

「まずはその『かいこ』を増やしてもらわねばらぬな。……よろしい。その先のことは未知だから改めて話し合うとして……セヴラン!」

「は、旦那様」

「お前もアキラ殿に協力して、この『かいこ』を飼育し、増やすよう試みよ」

「承りましてございます」


 こうして、異世界における絹産業、その第一歩が踏み出されることになったのである。

 お読みいただきありがとうございます。

 2月11日(日)も更新します。


 20180210 修正

(誤)そして布に折上げることができたら、服地の革命となるでしょう」

(正)そして布に織り上げることができたら、服地の革命となるでしょう」

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[一言] 蚕の説明 ・5000年以上前から、とある国で家畜化された ・人に食べさせて貰えないと生きられない ・交尾すると自力で離れられず人に離して貰う必要がある ・蛹になった煮殺して、その繭から糸をと…
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