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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第2章 産業揺籃篇
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第一話 春の到来

虫が嫌いな方はご注意下さい

 ガーリア王国リオン地方にも春が来た。山も森も緑に覆われ、花が咲き乱れている。

 『蔦屋敷』の蔦も青々とした葉を広げ始めていた。


「よし、桑畑は順調だな」

 見渡す限りの山の斜面に植えられた桑の苗木を見て、村田アキラは感無量であった。

 およそ1年前に『神隠し』的な異世界迷い込みで日本からこの世界に来て以来、この地に養蚕と絹産業を根付かせようと、その基礎作りに尽力してきたのだ。


 養蚕の手順を確認し、用具や場所を確保し、実際に働く者たちを指導する幹部候補生を養成し、絹産業に必要な技術や器械を開発する仲間を得た。

 そして養蚕を全面的にバックアップしてくれる、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵というパトロンを得たのが一番大きい。


「桑の葉が十分確保できるなら、いよいよ本格始動ですね!」

 この春からアキラの助手兼秘書となった、元メイドのミチアが言った。

 栗色の髪をポニーテールにまとめた、青い眼をした美少女である。

「ああ。忙しくなるぞ」

 答えたアキラは、

(いや、この世界で得た一番はミチアかもしれないな)

 と考え、少し顔を赤くしていた。


 昨年移植した桑の苗木は、そのほとんどが根付き、若緑の新芽を伸ばしていた。

 桑の実は甘く、鳥や動物に好まれる。従って、実を食べた生き物は、糞と共に種を体外に排出することになるのだ。

 種は当然芽吹き、苗木となる。

 だが、桑は陽生植物であり、日光を好むので、あまり暗い場所では育たない。そうした小苗は山のあちらこちらに見られるので、集めてきて日当たりのよい山の斜面に植え、桑畑としているのだ。

 もちろん、そこそこ育った苗も植えているので、あと数年すれば、この先桑の葉には困らないだろうと思われる。


*   *   *


毛蚕けごも順調に生まれたでがす」

 5人の幹部候補生の長、ゴルド村出身のゴドノフが相変わらずの口調で言った。

「うん、楽しみだな」

 今回はおよそ1000個の卵を孵化させていた。

「他の4人はどうした?」

「へえ、桑の葉を採りに山をかけずり回っているでがす」

「そうか」

 植えたばかりの桑畑では、1000匹分の桑の葉を確保するのは難しい。それで4人はせっせと桑の葉集めに勤しんでいるようだ。

「今はまだ小さいからいいが、終齢(5齢)幼虫になると大食らいになるからなあ」

「で、やんすね」

 蚕の幼虫は、終齢、つまりサナギになる直前には一生の食事の8割以上を食べると言われているほどだ。

 今から桑の葉を確保しておくにしくはない。

「頼むぞ」

「へい、旦那」

 すっかり頼もしくなったゴドノフの肩を叩いたアキラは、蚕を飼うための小屋である蚕室さんしつを後にした。


*   *   *


「やあアキラ、見回りかい?」

 そう声を掛けてきたのは魔法技術者でアキラの同僚にして友人、ゲルマンス帝国出身のハルトヴィヒ・アイヒベルガーだ。器用な手先と加工に特化した魔法技術を駆使して、アキラが望む道具を作ってくれている。

 その最たるものが『直流発電機』だ。

 アキラが『神隠し』に遭った際持っていた文明の利器である『携帯通話機』、通称『携通』(ケイツウ)。

 その中には様々な情報が保存されており、使うためには直流3ボルトが必要だった。それを実現したのが『直流発電機』である。

「ちょっと見てくれ、これなら充電も楽なもんだ」

 アキラを工房に呼んだハルトヴィヒが指し示したのは『足漕ぎ式』に改良された発電機だった。

 最初はハンドルを手で回したのだが、それはかなりの重労働であった。

 そこでハルトヴィヒはアキラと相談し、足漕ぎ式への改良を加えたのである。


「この足漕ぎはいいな! 他の器械にも応用できるだろう」

「それはハルトに任せるよ」

 糸車や紡績機も、回転運動を用いる。ゆえにこの『足漕ぎ方式』は使えるはずなのだ。

 ハルトヴィヒとひとしきり打ち合わせを行ったアキラは工房を後にした。


*   *   *


「あ、アキラ。ちょうどいいわ。ちょっとこれを見てくれる?」

 そう声を掛けたのは、ハルトヴィヒと同じくゲルマンス帝国出身の魔法薬師まほうくすし、リーゼロッテ・フォン・ゾンネンタール。グラマラスな金髪碧眼の美女だ。

 魔法薬師、すなわち『化学者』。

 『携通』充電に欠かせない『鉛蓄電池』は彼女の努力によるところが大きい。

 その他にも、リップクリーム、ハンドクリームなどの製品も実用化してくれていた。

 昨年末に『結膜炎』の流行を食い止められたのも、彼女とハルトヴィヒのおかげだった。

「お、いい色だな」

 リーゼロッテの研究室に招き入れられたアキラが目にしたのは、鮮やかな黄色に染まった真綿。

「マリーゴールドの花で染めたのよ。ミョウバンも使ってね」

「うん、さすがだよ」

 絹の量産ができるようになっても、それを製品化するためにはさまざまな付加価値を与える必要がある。

 その1つが『染め』だ。

 リーゼロッテは、その『染め』を研究してくれていた。

「あとは青と紫ね……」

 この2つの色は、現代日本でも天然染料で染めようとするとなかなか難しいのだ。

 だがリーゼロッテはくじけず研究を進めていた。

「頼む。これはリーゼにしかできないんだから」

「ええ、頑張るわ。またあとで『携通』見せてね」

「わかった」


*   *   *


 『携通』は貴重な情報源である。壊れたら二度と情報の閲覧はできなくなってしまう。

 そこでアキラは、ミチアに協力してもらい、重要度の高そうな項目を紙(羊皮紙)に書き写す作業を進めていた。

 とはいえ、手書きであるからその速度はしれている。

 じれったくなるほどゆっくりと、『携通』内のデータは紙に写されていった。

「ミチア、どうだい?」

 アキラがフィルマン前侯爵から与えられた『離れ』で、ミチアは筆写に励んでいた。

「あ、アキラさん。今日は35ページ、書き写せました」

「そっか、ありがとう」

 ミチアの書く文字は綺麗で見やすいのだ。また、絵もかなりうまいので図説もかなり正確に書き写してくれていた。

「でもまだまだ、全体の200分の1くらいですよね……」

「そうだな。先は長いか。焦らずに行こう」

「はい。……それじゃ、お茶淹れますね」

 ミチアは書写していた机を離れ、湯気を立てるヤカンへと向かった。


「今のところ、順調だよ」

「よかったですね」

 ミチアの淹れてくれたお茶を飲みながら、差し向かいで話す2人。

 そこにはゆったりとした時間が流れていた。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は15日(日)10:00の予定です。


 20190105 修正

(旧)糸車や紡績機も、回転運動を行う。

(新)糸車や紡績機も、回転運動を用いる。


 20190603 修正

(旧)そこでアキラは、ミチアに協力してもらい、重要度の高そうな項目を紙に書き写す作業を進めていた。

(新)そこでアキラは、ミチアに協力してもらい、重要度の高そうな項目を紙(羊皮紙)に書き写す作業を進めていた。


 20200723 修正

(誤)『蔦屋敷』の蔦も青々とした葉を広げ初めていた。

(正)『蔦屋敷』の蔦も青々とした葉を広げ始めていた。

(誤)だが、桑は陽生植物であり、日光を好むので、あまり暗い場所では育てない。

(正)だが、桑は陽生植物であり、日光を好むので、あまり暗い場所では育たない。


 20210328 修正

(誤)リーゼロッテの研究室招き入れられたアキラが目にしたのは、鮮やかな黄色に染まった真綿。

(正)リーゼロッテの研究室に招き入れられたアキラが目にしたのは、鮮やかな黄色に染まった真綿。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ミチアは、日本語読めるのだね
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