第三十四話 治療の魔法道具作り
『蔦屋敷』のメイドの1人、ミューリの充血した目を診察したアキラは、『携通』にインストールしてある『おうちの医学』で確認。
それによると、結膜が真っ赤になり目やにも出ているので、細菌性結膜炎ではないか、と素人ながら判断した。
「少なくとも結膜炎であることは間違いないだろうし、ウイルスも細菌も微生物だから、そういったものに効果のある魔法を使えば治療できそうだ」
殺菌(滅菌)と消炎鎮痛効果のある魔法があれば……とアキラは考えている。
一方、リーゼロッテとハルトヴィヒは研究室にいた。
「……リーゼ、本当にできるのかい? 水に魔法の効果を込めることなんて」
「理論上はね。前に一度やってみたけど、1分くらいで効果がなくなったのよ」
「そりゃあそうだろうな。水に留まる魔法の効果といったら凍らせるとか沸騰させる、くらいだろうしな」
「そうなのよね……そこでハルの出番なわけなのよ」
「どういうことだ?」
「1分で効果がなくなるなら、1分以内に使えばいいじゃない!」
「なるほど……そうか! そうすると……うん、できそうだ」
「さすがハルね」
理詰めで考えていくハルトヴィヒと、ひらめきを大事にするリーゼロッテは、いいコンビである。
「そういった魔法道具を組み込んだ容器を作ればいいかな?」
容器に入っている間は、その水には魔法の効果が付加されている。それを汲み出し、目を洗えばいい。
10秒から20秒、魔法の効果が続けば、なんとか使えるだろうと考えたのだ。
「同じようにして消炎の効果がある水を作れるだろう」
「さすがハルね。私はそっち系は『ザウバー』しか使えないけど、アキラによればこれも除菌効果があるって言ってたわ」
「よし、まずはリーゼの『ザウバー』を組み込めるかどうか、試作してみよう」
少し大袈裟に言えば、『時間との戦い』であるともいえる。
少しでも早く対策を確立すれば、患者は少なく抑えられるのだから。
* * *
「諸君、今日は『冬至祭』である。十分に飲んで食べて楽しんで欲しい!」
そしてフィルマン前侯爵は『冬至祭』で演説をしていた。
集まった者たちは手に食べ物や飲み物を持ち、飲み食いしながらであるが、領主の話なので全員耳を傾けている。
「……最後に、この場を借りて、1つだけ指示を出したい。というのは、今この地方に『はやり目』という目の病気が流行り始めているのだ」
聴衆にざわめきが広がった。
あえて『結膜炎』ではなく『はやり目』と、わかりやすく言った前侯爵は説明を続ける。
「この目の病は『はやり目』という名前からもわかるように他人にうつる。いや、右目から左目へ、また左目から右目へもうつる」
さらにざわめきが大きくなる。
壇上からフィルマン前侯爵が見た限りにおいては、1割ほどの者が片目もしくは両目を赤く充血させていた。
「静かに。だが、必要以上に恐れることはない。まずは儂の話をきちんと聞け」
この言葉により、ざわめきは静まっていった。
「よし。よいか、まずこの病気はうつる。触ることでうつるのだ。だから、目を擦った手はできるだけ早く洗うように」
このように説明されると、村人たちも手洗いの重要さに気が付いていく。
「顔を拭くタオルは共用にするな。特に、『はやり目』のものが使ったタオルで顔……目の付近を拭いたりするとうつるぞ」
この説明に一瞬ざわっというどよめきが起きた。
「できる限り、身の回りは綺麗にせよ。特にドアの取っ手のように、手で触れる物はな」
ひととおりの注意をした前侯爵だったが、最後は少し明るい話題で締めた。
「いろいろ注意をしたが、あまり深刻になるな。今、儂の屋敷で対策を練っているところだ。明日には治療を開始できるだろう」
実はここだけは希望的観測だ。アキラもハルトヴィヒも、1日で対策できる、とは言っていないのだから。
それでも、領民を安心させるために、言わずにはいられなかったフィルマン前侯爵であった。
「そう暗くならんでいい。命に別状はなく、ちゃんと治療すれば治るのだから。今は『冬至祭』を楽しもうではないか」
最後の最後に、もう一度場を盛り上げてから壇を下りる前侯爵であった。
* * *
「……これでどうだ?」
ハルトヴィヒとリーゼロッテは、『洗眼水』を作り出す魔法道具の試作を続けていた。
「うーん、できてはいるんだけど、付与されている効果が弱いわね」
桶状の容器の底に魔法陣と魔法式を刻み、水を注ぐことで、その水全体に魔法の効果が浸透していき、水そのものも魔法効果を持つようになる。
そこまではよかった。
「問題は時間が掛かることね……」
そう、水が十分な魔法効果を持つに至るまで最低でも30分はかかってしまうのだ。
「もっと強力な効果を発揮する魔法式を刻めればいいんだけど」
「これじゃあ、大勢の治療には使えないものな」
「ええ。これを解決しないとセヴランさんに協力を依頼できないわよね……」
ハルトヴィヒもリーゼロッテも、それぞれの分野での改善をしたいと、頭を悩ませていた。
「どんな具合だい?」
「よろしければ休憩しませんか?」
そこへアキラとミチアがやって来た。
2人は、『蔦屋敷』にいる人間全員の診察を行っていたのだ。正確にはアキラが診察し、ミチアはその助手として。
「ああ、一応はできそうだが、まだ実用化には問題がある……ってところかな。そっちは?」
「うん。今のところ4人が結膜炎にかかっていた」
その4人には、ミチアが作った眼帯をさせ、必要以上に目を擦らないよう注意してきたところである。
幸い、まだ両目に発症している者はいなかった。
「そうか……」
「さあ、お茶をどうぞ。あまり根を詰められてもよくないと言いますし」
そんなミチアの言葉に、頭の中がぐちゃぐちゃになっていたハルトヴィヒとリーゼロッテは素直に従ったのである。
「ああ、美味い」
砂糖をたっぷり入れた紅茶である。
「アキラさんに教わったんです。頭が疲れた時は甘いものがいいって」
「なるほどな」
「で、何を悩んでいるんだ?」
このアキラの言葉に、ハルトヴィヒは食いついた。
「そうだな。アキラは専門家じゃないけど、かえって先入観なしで考えられるから、いいアイデアを出してくれるかもしれん」
「おいおい、あまり期待してくれるなよ?」
「何を今更。……ええとな……」
ハルトヴィヒは今ぶち当たっている壁について説明した。
話を聞き終えたアキラは、
「うーん……魔法のことは正直全然わからない」
と言って頭を掻いた。そして続けて、
「だけど、科学的でいうなら、水に効果を及ぼそうというなら、水と接している面積が効いてくるんじゃないのかな?」
「え? どういうことだ?」
「つまりだ。俺が見たところ、水に魔法効果を付与しているのはこの桶の底の部分だろう?」
「そうだな」
「だから、この底の面積を大きくすれば、効果を付与される水の量が増えるだろうということさ」
「あっ、そうか!」
「ほら、これはちょっと違うけど……」
アキラは『携通』の画面に、放熱器の画像を表示させて見せた。
放熱器の場合は、空気に触れる面積を増やすためにフィンをたくさん付けるという方法を取る。
これを今回の魔法道具に応用するには、ほんの一歩である。
「底の部分にこの『ひーとしんく』みたいなものを付けてやれば……!」
「魔法陣と魔法式はどうするの?」
「それは今までどおり底に描いておいていいさ」
放熱器に相当する部材は、魔法の通りやすい材質を使えばいい、とハルトヴィヒ。
「少しはロスして効率落ちるだろうけど、それ以上に表面積が増えた効果の方が大きいと思う」
そう言いながら加工していくハルトヴィヒ。
「できた!」
その試作は、底の部分にたくさんのフィンを付けたもの。見てくれは悪いが、30分かかっていた魔法効果付与を3分にまで短縮したのであった。
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次回更新は6月30日(土)10:00の予定です。
20190105 修正
(誤)少しでも早く対策が確立すれば、患者は少なく抑えられるのだから。
(正)少しでも早く対策を確立すれば、患者は少なく抑えられるのだから。
(誤)必要以上に目を擦らない要注意してきたところである。
(正)必要以上に目を擦らないよう注意してきたところである。




