第二十六話 春から夏へ
本格的な夏となり、暑い日が続くド・ラマーク領。
4日に1回くらいは夕立が降るようになった。
おかげで畑や田んぼの水に不足はしていない。
養蚕も順調である。
『夏蚕』も繭になり、5パーセントほどを残して生糸にする予定である。
残した繭は羽化させ、卵を残して来年に備えるのだ。
経験上、ド・ラマーク領では『夏蚕』の卵が孵化率で最も優秀であった。
「お蚕さんの様子はどうだ?」
『蚕室』を見回りながら、確認していくアキラ。
「へい、病気にもならず、ほぼ全部繭になりました」
「それはよかった」
過去、蚕の病気……『微粒子病』(菌類の一種が寄生する)が生じたことがあり、それ以降『蚕室』や作業者の殺菌消毒が徹底されている。
リーゼロッテが改良してくれた《ザウバー》の魔法も役に立っていた
おかげで他の病気にも掛かることなく、ド・ラマーク領とその周辺の地域の養蚕は順調である。
「とはいえ、暑いなあ」
外回りから帰ったアキラは、汗を拭きながらぼやく。
「もう、本格的な夏ですものね。はい、お水をどうぞ」
ミチアが冷たい水を持ってきてくれた。
「ありがとう。……冷たくて美味いな」
脱水症状や熱中症にならないよう、ド・ラマーク領ではこうした水分補給が徹底されている。
「ここは北にあるからまだ楽だけど、王都は暑いだろうな」
「ふふ、そうですね」
窓から眺めた南の空には入道雲が浮かんでいた。
* * *
「今日も暑いな」
『垂直離着陸機(VTOL)』を組み上げている工房の中には熱が籠もっていた。
設備や大きさ的に、以前の工房が使えなかったため急造したものなので、空調が整っていないのだ。
換気扇はあるがエアコンがなく、夏になった今日この頃は、日中は屋根が焼けて熱くなる。
当然工房の中も暑い。
「せめて屋根裏には断熱材を入れてもらうべきだったな……」
とぼやいたがもう遅い。
汗を流しながら組み立てを行っていくハルトヴィヒたちであった。
* * *
「わー、つめたい!」
ド・ラマーク領では、『絹屋敷』の庭に作った溜め池で、近所の子供たちが水浴びをしている。
広さは5メートルの10メートル。深さは60センチなので、立ってさえいれば溺れる心配はない。
昨年臨時に作ったプールが好評だったので、今年は少し本格的にしてみたのだ。
水は井戸水なのでそこそこ冷たい。
汚れは《ザウバー》できれいにするので、感染症のリスクも下がっていた。
「結膜炎には注意だな」
過去、冬にだったが結膜炎が流行したこともあり、それ以降眼病にも注意を払っているアキラなのだ。
「あと、必ず大人が監視すること」
浅いとはいえ、うつ伏せに倒れたら水中に顔が浸かり、溺れる可能性が大だからだ。
ゆえに、大人あるいは年長者(15歳以上)がいない時は子どもたちだけではプールを使わせないようにしている(完全遵守は難しいが)。
幸いにして、今のところ水難事故は起こっていない……。
* * *
「場合によっては、縄梯子で下りてもいいと思うんですよ」
『垂直離着陸機(VTOL)』の組み立ては順調。
ハルトヴィヒたちは作業の合間に、涼しい部屋で休憩がてら話し合いをしている。
「多少訓練は必要ですが、場合によっては有効かと」
「うん、シャルルの意見は面白いな。確かに、空中で静止できるんだから、縄梯子で地上に下り立つというのは可能だ」
「着陸できるだけの平野部がない時にも有効ですよね」
「そうだな。その場合、地上との距離を一定に保てるよう、高度センサーの精度を上げる必要があるな」
音魔法『《エコロケーション》』を応用した高度センサーは今のところ、主に着陸時に使われている。
降下速度が速すぎないように監視するわけだ。
それをより高精度にして、一定高度で静止できるようにしようというわけである。
「センサーのテストは試作機でできるな」
「まずはそれをやって、OKならこっちに取り付けよう」
……と、いうことになった。
そして。
「成功だ!」
アンリが操縦する『垂直離着陸機(VTOL)試作機』に改良型高度センサーを4つ搭載してテストしたところ、非常に良好な結果が得られたのである。
「先生、2メートル以下用を2つ、5メートルから2メートル用も2つ搭載することで格段に精度が上がりましたね!」
「こうもうまくいくとはな」
センサーの重さは1つあたり1キロもない。3つ増やしたとしても2.5キロほどで、誤差範囲である。
「これで、静止している機体から縄梯子で下りられますね」
「うん、使う機会はない方がいいが、『備えあれば憂いなし』だからな」
「それもアキラ殿が?」
「うん。故郷での言い回しだそうだ」
「さすが『異邦人』ですね!」
そんな話ができるくらい、彼らは上機嫌である。
「お、アンリが着陸するぞ」
高度センサーの精度が上がったため、着陸もよりゆっくり行うことができるようになったようだ。
「次は同乗者が縄梯子で下りるテストですね」
「そうだな。それは水の上でやろうか」
「それなら万が一落下しても大丈夫そうですね」
「そういうことだ」
彼らの理想の機体まで、あと少しである……。
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次回更新は2025年11月15日(土)10:00の予定です。




