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第二十五話 あともう少し

 初夏の風が吹くド・ラマーク領。

 田植えの終わった田んぼには、みずみずしい稲の苗が風にそよいでいる。

 専用の池には『い草』が繁茂していた。

 そして、ニセアカシアの花にはミツバチが集まって日がな一日蜜を集めている。


 そんな長閑のどかな初夏のある日。


「『夏蚕なつご』も、4齢になったか」

 領主であるアキラは、『蚕室(さんしつ)』を見回っていた。


「はい、旦那様」

「順調だな。クワ畑の方は?」

「はい、実がり始めました」

「今年もジュースやジャムが作れるな」

「はい」

 熟したクワの実で作ったジャムやジュースは、ド・ラマーク領の人々の食卓を彩ると同時に、よい収入源となっていた。


「この夏も『平年並み』になってくれそうだな……」

「へい」

 自然の中で暮らし、大地の恵みを得てかてにしている者にとって『平年並み』というのは非常にありがたいのである。

 雨が多かったり逆に降らなかったり、また暖冬や冷夏れいかという気候は、作物の出来を大きく左右してしまうからだ。

 『平年並み』であれば、来る季節へのそなえにしても、『昨年と同じくらい』でいいわけだから。


「ハルトの方も順調だろうかな」

 アキラは南の空を見上げた。

 その空の先には王都がある……。


*   *   *


 その王都では、ハルトヴィヒたちのチームが、ようやく成功した『垂直離着陸機(VTOL)試作機』の完成度を高めるため、日夜努力していた。

 同時に操縦の訓練も怠らない。

 今ではチーム全員……ハルトヴィヒ、アンリ、シャルル、レイモンら4人……が『垂直離着陸機(VTOL)試作機』の操縦に習熟していた。

 慎重に行ったため、まだ墜落事故は皆無なのが自慢だ。

 その際に気づいた点は即フィードバックしており、何度もバージョンアップしていた。


「ということで、試作機は現在の仕様でいよいよ本番に入る」

「わかりました」

 という話がなされたのが先週のこと。

 今は、操縦練習のかたわら、本番の『垂直離着陸機(VTOL)』を作っている。

 スペック的にはほぼ同じなので、製作は速い。

 試作と異なるのは試作時にいろいろ検討していじった場所が、最初からその形状で作られているということや、素材がより洗練されていること。

 今回はほぼ全金属製であり、強度的に不安になる箇所はない。

 重量も想定内である。

 金属ではない箇所といえば、床、座席、風防、タイヤ、クッション材などの補助部品である。


 それはともかく、『垂直離着陸機(VTOL)』はどんどん形ができていく。

 昨日は雨で練習飛行ができなかったため、1日中製作を続けたおかげだ。

 あと2、3日あれば完成するであろう。

 (アキラが見たら、魔法技術は反則だな、と言うだろうか。それとも魔法技術さまさまだな、と言うだろうか)

 などと考えたハルトヴィヒは、思わず顔をほころばせるのであった。


*   *   *


 再びド・ラマーク領。

 静かな雨降りの日である。

 庭には水たまりができ、どこからかカエルの鳴き声も聞こえてきていた。


「今日は雨か……」

「雨ですね。ここのところ晴天が続いていたから、ちょうどいいお湿りです」

「五風十雨、か」

「ええと、5日に1度くらい風が吹いて、10日に1度雨が降る、そのくらいがちょうどいい、という意味でしたっけ?」

「よく覚えてるな、ミチアは」

「そのくらいしか取り柄がありませんから」


 などと言っているが、家事全般をこなし、使用人を束ね、子育てもしているミチアが無能なはずがないわけで。

 アキラとしても、愛妻の自己評価の低さには苦笑するしかなかった。


「さて、執務に戻るか」

「はい、あなた」

 雨の日だからこそ、外出せずに執務に没頭できるのだった……。


*   *   *


 もう一度、王都。

 こちらでも、本降りの雨であった。


「雨だな」

「雨ですね」

「訓練飛行をしないから、製作がはかどるな」

「いずれ、雨の中で飛ぶ訓練もする必要があるだろうが、今は機体を完成させてしまおう」

「はい、先生」

 そういうわけで、ハルトヴィヒたちも雨の日は1日中『垂直離着陸機(VTOL)』を作っているのである。


 そして。

「あと一息ですね」

 というところまでこぎ着けた。

「ああ、夏までに、という目標は達成できそうだ」


 日の長い夏季に偵察飛行を行おうという計画なのである。

 あせらず、じっくりと、確実に歩を進めてここまでたどり着いたのだ。


 もはや、『ミシンを探しに行く』だけでなく、北にあるはずの未踏の地を探索する、という方が目的になりつつある。

 ハルトヴィヒもアキラも、そんな未知への挑戦に想いをせているのだ。

 国家を巻き込んだ夢でもある。


「あと、もう少しだ……」

 窓から見上げた空は、あいにくと雨雲に覆われて鉛色であった。

「あの雲の上には、青空が広がっているんだよなあ」


 そんな想像をしてみるハルトヴィヒであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は2025年11月8日(土)10:00の予定です。


 20251101 修正

(誤)「ええと、5日に1度くらい雨が降って、10日に1度風が吹く、そのくらいがちょうどいい、という意味でしたっけ?」

(正)「ええと、5日に1度くらい風が吹いて、10日に1度雨が降る、そのくらいがちょうどいい、という意味でしたっけ?」

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― 新着の感想 ―
急いては事を仕損じるとも言いますし雨が丁度いいブレーキになって逸る気持ちを抑えてくれればいいんですが
>>そんな長閑な初夏のある日。 あの歴史書にも書かれた凄惨な事件が起きたのだった。 >>熟したクワの実で作ったジャムやジュースは、ド・ラマーク領の人々の食卓を彩ると同時に、よい収入源となっていた。…
>>繁茂していた 仁「ナガエツルノゲイトウ?」 56「オオバナミズキンバイ?」 明「もまいら・・・・」 >>非常にありがたい 仁「大豊作を基準にして」 56「税を決められた日には・・・・」 明「何処…
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