第二十四話 青空
藤の花が咲き、春の中の春、と誰かが呼んだ、そんな頃になった。
「実際にはもうすぐ初夏だよなあ……」
と、アキラは無粋なツッコミを心の中で入れている。
野山には花が咲き乱れ、若葉は新緑となった。
木々の梢で鳥がさえずり、花には蝶やミツバチが訪れている。
そして養蚕は……。
「繭は全て回収しました」
「うん。『蚕室』の掃除は?」
「掃除も消毒も済んでおります」
「よし。それじゃあ、『夏蚕』の準備に掛かろう」
「はい、旦那様」
実際のところ、ド・ラマーク領での養蚕のサイクルは、アキラのいた世界よりもやや早い。
『ハルト式エアコン』のおかげで『春蚕』の飼育を開始する時期が早く、蚕の成長も早いからだ。
おかげで、年4回の養蚕サイクルが可能となっている。
「『種紙』の準備もしておいてくれ」
「わかりやした」
「今年の養蚕も順調だな」
晩春の青空を見上げ、アキラは呟いたのであった。
* * *
王都のハルトヴィヒたちのチームも、順調のようだ。
『垂直離着陸機(VTOL)試作機』のテスト飛行が今日、行われるのである。
実験に次ぐ実験、テストに次ぐテストを行い、チェックを何度も何度も行って、今日のこの日を迎えた。
「いよいよですね、先生」
「気を付けてくださいね」
「任せておいてくれ」
「成功を祈ってます」
アンリ、シャルル、レイモンらに見送られ、ハルトヴィヒは機上の人となった。
「いよいよですな」
「新型機……これが成功すれば、空き地さえあれば滑走せずとも離着陸できるわけですな」
「画期的な機体ではありませんか」
宰相パスカル・ラウル・ド・サルトル、産業大臣ジャン・ポール・ド・マジノ、魔法技術大臣ジェルマン・デュペー、近衛騎士団長ヴィクトル・スゴーなど、錚々たる顔ぶれもこのテスト飛行を見に来ていた。
「さて、行くか」
自分たちが作り上げたものを信じ、ハルトヴィヒはエンジンを始動する。
主翼部に取り付けられた『浮揚機』が動き出した。
『垂直離着陸機(VTOL)試作機』はわずかに身震いしたが、まだ浮かび上がることはない。
ハルトヴィヒは慎重にスロットルを押し込んでいく。
『浮揚機』の出力が上がり、『垂直離着陸機(VTOL)試作機』はゆっくりと浮かび上がった。
「おお、浮いたぞ!」
「本当に、垂直に浮けるのですな……」
秒速50センチほどの速度で、ゆっくりと上昇していく『垂直離着陸機(VTOL)試作機』。
その挙動は非常に安定していた。
「おっ、半自動の姿勢制御は良好だな!」
「うん。先生は、微調整は装置が、大まかには操縦士が、と言っていたが、そのバランスが上手くとれているよな」
「やったな、これなら大成功だ!!」
弟子たち3人も、大喜びである。
そして『垂直離着陸機(VTOL)試作機』は高度50メートルほどまでゆっくりと上昇し、一旦停止した。
「うん、操縦しやすいな」
操縦桿を握ったハルトヴィヒは、これまでの苦労を思い返すように、一度目を閉じた。
そして1秒ほどの後、再び目を開けると、推進機を起動、ゆっくりと出力を上げていく。
『垂直離着陸機(VTOL)試作機』は、人が歩く速度よりもゆっくりと前に進み始めた。
「うん、扱いやすいな」
ハルトヴィヒは、さらにスロットルを開ける。
『垂直離着陸機(VTOL)試作機』は徐々に加速し、時速30キロほどで飛行。
「この速度で飛行できるというのは、ある意味すごいな……」
主翼で揚力を発生するタイプの飛行機では、遅すぎてまず無理である。
が、『浮く』ことと『進む』ことを完全分離した『垂直離着陸機(VTOL)試作機』は、それを可能にしていた。
「が、最高速も問題だ」
移動手段である以上、あまり遅くては使い物にならない。
ハルトヴィヒは、徐々に速度を上げていった。
「だんだん速くなってるな」
「時速80キロくらいか?」
地上から見上げていても、操縦士でもある技術者たちは、おおよその速度の見当がつく。
「100キロを超えたな」
「どのくらい出ると思う?」
「試作機だから、まあ200だな」
その言葉どおり、『垂直離着陸機(VTOL)試作機』は時速200キロ(対地速度)を出した。
「うん、安定している。模型で何度も風洞実験をした甲斐があったな」
振動もなく、主翼部の強度にも不安はない。
「操縦性は良好、運動性能もまずまずだ」
ハルトヴィヒは操縦桿を握る手を通じて、『垂直離着陸機(VTOL)試作機』が成功したことを感じていた。
そして着陸である。
航空機の着陸は最も難しいと言われているが……。
「安定もいい、地表面からの距離も、よくわかるな」
音魔法『《エコロケーション》』を使うことで、地表との距離を知ることに成功したのである。
『《エコロケーション》』。
この魔法の真骨頂は、対地高度2メートルを切ったあたりで発揮される。
音の反射を利用するため、距離があると反射音が小さくなって正確さに欠けるが、2メートル以下の距離でならかなり正確にわかるのだ。
このおかげで、難しい着陸も安全に行うことができる。
超音波を使うコウモリの例もあるが、実は人間でも訓練次第でかなりの精度で物体との距離を知ることができるという。
ハルトヴィヒたちはそれを応用し、地面と機体との距離を知る計器を作り上げたのだった。
「……無事、着陸したな!」
「『垂直離着陸機(VTOL)試作機』、大成功だ!」
「やった! やった!」
「うむ、見事である」
見守っていた人々は、緊張から解放され、自然に拍手を行った。
そんな拍手の中、ハルトヴィヒは照れながら機体から出て地上に降り立ったのである。
振り仰いだ彼の目には、雲一つない青空が映っていた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2025年11月1日(土)10:00の予定です。
20251025 修正
(誤)晩秋の青空を見上げ、アキラは呟いたのであった。
(正)晩春の青空を見上げ、アキラは呟いたのであった。
(誤)実験に継ぐ実験、テストに継ぐテストを行い
(正)実験に次ぐ実験、テストに次ぐテストを行い
(誤)『浮揚機』の出力が上がり、『垂直離着陸機(VTOL)』はゆっくりと浮かび上がった。
(正)『浮揚機』の出力が上がり、『垂直離着陸機(VTOL)試作機』はゆっくりと浮かび上がった。
(誤)ハルトヴィヒは操縦感を握る手を通じて、
(正)ハルトヴィヒは操縦桿を握る手を通じて、




