表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
428/428

第二十三話 春たけなわの頃

 春光うららかな季節、春本番となった。

 野山は若草で覆われ、木々も残らず芽吹いた。

 川面かわもには成虫で冬を越した蝶が舞い、鳥の声もはずんで嬉しそうだ。


 ド・ラマーク領では、養蚕……『春蚕はるご』飼育の真っ最中である。

 5齢となった蚕は、採れたてのクワの葉をもりもりと食べている。


「『(まぶし)』の用意はいいのか?」

「はい、旦那様」


 『(まぶし)』とは、蚕が繭を作るための型枠のこと。

 わらやボール紙、薄い木の板で井桁いげた状に作られる。

 蚕はその中で繭を作り、さなぎになるのだ。


 ド・ラマーク領で使われているのは木で作られた『回転(まぶし)』というもの。

 蚕はより高い場所で繭を作る習性があるため、蚕が集まるとその重さで回転し、上下が入れ替わるようになっているものをいう。


「あと1週間もしないうちに繭を作り出すだろうな」

「へい」

 5齢幼虫は、初期は体長5センチ未満。中期で5センチから6センチ。

 盛食期(後期)には体長6センチを超え、7センチ近くなる。

 孵化直後は2.5ミリくらいだったので、30倍(体長で)近く成長したことになる。

 そこから2、3日経つと熟蚕じゅくさんとなって、少しだけ体長が縮む(体内の排泄物を全部出してしまうため)。

 こうなるともう繭を作る準備を始める時期となり、クワの葉を食べなくなるのだ。

 そこで『(まぶし)』に移動させてやると、お気に入りの場所で繭を作り始めるわけだ。


 ここまでで、孵化からおよそ25日。1ヵ月弱がっていた。


*   *   *


 王都もまた、春たけなわである。

 町の広場では吟遊詩人が詩を歌い、大道芸人が芸を披露している。

 地方からやって来た行商人が露店を開き、賑やかなざわめきが王都中にあふれていた。


 そしてハルトヴィヒたちもまた、ようやく暗い冬のトンネルから抜け出して春の光の中へ出てきたような顔をしている。


「ようやくモノになったよ……」

「でも、これで試作がはかどりますね」

 『水平保持装置』が、一応の完成を見たのである。

 天秤での試験を経て、実機とほぼ同じ主翼を作っての実験で好成績を上げたのだ。


「実験に使った主翼は、ちょっと改造すれば実機に使えるから無駄にならないな」

「そうですね、先生」

「いよいよ『垂直離着陸機(VTOL)』の試作機に取り掛かれますね!」

「楽しみですね!!」

 ハルトヴィヒたちのチームは、いよいよ『垂直離着陸機(VTOL)』の試作に取り掛かれるということで張り切っていた。


*   *   *


 再びド・ラマーク領。


「いよいよ繭を作り始めたな」

 孵化から28日、3割ほどの蚕が繭を作り始めていた。

 あと2日のうちには、全部の蚕が繭を作り終えるだろう。


「『春蚕はるご』は全部生糸にする」

「はい、旦那様」

 まだ昨年の卵が冷蔵庫にはたっぷりとある。

 翌年用の卵は、生育条件が最もいい『夏蚕なつご』のものを使う予定だ。


 繭を生糸にするためには、中の蛹は全て煮殺すことになる(殺蛹(さつよう))。

「……だからシルクは、あだやおろそかに扱えないんだよな」

 アキラの呟きは、誰の耳にも届かず、蚕室(さんしつ)の窓から青空に消えていった。


*   *   *


 そしてまた王都。

 3日ほどの間に、『垂直離着陸機(VTOL)』試作機はかなり形ができてきていた。


 それと並行して、5分の1の模型も作られている。

 これは前回作った模型を改造したものなので、1日足らずで完成できたのだ。

 こちらは運用上の問題点を洗い出すためのもの。

 こうした模型のお陰で、前回は『風』による砂埃の舞い上がりに気付くことができたのだ。


「うん、なかなか操縦しやすいな」

「そうですね、先生」

 5分の1なので、飛行場へ行かずとも研究所の前庭で実験ができるのも強みだ。

 この模型もまた、コントロールラインで操縦するタイプなので、万が一墜落しても人的被害はない(人の上へ落ちない限りは)。

 『水平保持装置』の試作(模形用ではあるが)が、思った以上にうまく働いてくれたのだ(そこに行き着くまでの調整は大変だったが)。


「微調整は『水平保持装置』で、大きな動きは操縦桿で、と分けたのがよかったみたいですね」

「そうだなあ」

 この実験結果を受け、実機の試作機にもこの制御方法を取り入れる予定だ。

「ようやく道が見えてきたな」

「はい、先生」

「だが、この『垂直離着陸機(VTOL)』は、今までと全く違う方式だ。テスト飛行は危険が伴うぞ」

「それなんですが、先生」

 少し心配そうなハルトヴィヒに、シャルルが提案を行う。

「湖とか川の上で試験をするというのはどうでしょう?」

「それはいいかもしれない」


 なかなかの名案である、とハルトヴィヒは認めた。

 いかだのようなものを用意しておき、その上から離陸する。

 浮かんだらいかだはすぐに移動。

 そうすれば下は水なので、墜落してもダメージは少ないはずだ。


「王都のそばに湖はあったかな?」

「ため池なら、王都の北西に」

「ああ、あったあった」


 主に農業用水……王都付近で『米』を作るために整備されたため池である。

 大きさは1ヘクタール(100メートル四方)程度。

「試験飛行の際の使用許可を申請しておこう」

「それなら安心ですね」

 そういうことになったのである。


 試験飛行まで、あと10日ほど……。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は2025年10月25日(土)10:00の予定です。


 20251018 修正

(誤)3日ほどの間に、『垂直離着陸機(VTOL)』試作機はかなり形ができていていた。

(正)3日ほどの間に、『垂直離着陸機(VTOL)』試作機はかなり形ができてきていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
人の都合でその命を奪うわけですもんねえ なんなら種のあり方すら歪められてますからね 肝に銘じておかねば
第二次大戦期レベルの技術力でVTOL機を開発するのはかなり無理があるけど、現代地球の知識とこの世界の魔法を組み合わせる事によって何とか形になりそうですね。 完成したら、例のごとく『ハルト式平行支持装…
>>鳥の声も 仁「まれに超音波が混じって・・・」 56「怪鳥?」 明「中身メカじゃねーか」 >>体内の排泄物を 仁「今の体を溶かすとなぁ・・・・」 56「混じって欲しくは無いよなぁ」 明「もまいら・…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ