第二十二話 春の訪れ
暖かい日差しと温かい雨が交互に訪れるようになったド・ラマーク領。
クワ畑も一面若い緑に覆われ、蚕の食事に困るようなことはなくなった。
「お蚕さんも随分と大きくなってきたな」
「へい、旦那様」
今、蚕は3齢となり、生まれた時の数倍の大きさに育っていた。
「順調だな」
「へい」
朝晩の気温もぐんと上がり、日中は『ハルト式エアコン』をオフにする日も増えてきた。
「そろそろ田んぼの方もレンゲが咲いてくる頃だな」
一昨年から、稲刈り後の田んぼにレンゲ(正しくはゲンゲまたはレンゲソウ)の種を播いている。
春になると赤紫色の花が咲き、遠くから見ると赤紫の絨毯のようにも見える。
レンゲソウはマメ科の越年草(秋に種を播いて冬を越し、春に開花する)。
マメ科の例に漏れず、その根には『根粒菌』が空気中の窒素を固定してくれるため、そのまま田んぼにすき込むことで肥料となる。
また、花の蜜は養蜂に利用され、『レンゲ蜜』として流通している。
また、牧草としても利用される。
ド・ラマーク領でも、この花から蜂蜜を採っているし、頭数は少ないものの牛や山羊への飼い葉にもしていた。
* * *
「とーさま、はい、これ、あげる」
アキラ一家は忙しさの合間を縫って家族でピクニックに来ていた。
一帯には、こぼれ種から増えたレンゲソウと、牧草のクローバー(シロツメクサ)が咲いており、エミーはそれを使って花冠を作っていたのだ。
真っ先にもらえたのは父親のアキラだった。
「とーさまは、まいにちおしごとでたいへんだから」
「エミー、ありがとうな」
「うん! ……つぎは、かーさまにね」
「エミー、僕のは?」
「にーさまは、そのあと」
そう答えたエミーは、せっせと花冠を作っていくのであった。
* * *
王都にも春は巡ってきている。
街角には花の咲いた植木鉢が飾られ、花売り娘が花籠に春の花を一杯に詰めて売り歩いている。
王城では春の園遊会が開催され、住人たちは春を謳歌していた。
が、まだ冬の真っ只中の連中もいる。
「う——ん……」
「なかなか実用的になりませんね……」
「ああ。……『ジャイロ』が、こういう風になってしまうとは、思わなかったよ」
「盲点でしたね」
ジャイロセンサーはその性質上、惑星の自転に対しても相対的に静止している。
つまり、朝と昼とで向きが変わってくる(実際には地面の向きが変わる)のだ。
これは、時間が経てば経つほどジャイロセンサーの(惑星上から見た見かけの)角度が変わるということである。
「短時間なら問題はないんだけどなあ……」
「水平を検出するのは難しいですね……」
「まったくだ」
「やっぱり重力を使った水平儀を使うしかないかな……」
……と、このようにハルトヴィヒたちは黄昏れていたのである。
「制御問題を解決しないと、先へ進めませんね」
「そうなんだよな……」
ここで、ハルトヴィヒが1つの提案を行う。
「やはり『水平儀』の利用でいいんじゃないかと思う。その理由としては、これによる補正あるいは補助を必要とするのは離陸時と着陸時だろうから」
「確かにそうかもしれませんね、先生」
「そもそも、『傾き補正』を半自動化したいのは、離陸時と着陸時、特に着陸時における操縦者の負担を減らすためだからね」
「飛んでしまえば空力で安定させられるわけですよね」
飛行時には、これまでの飛行機同様の空力的な安定と操縦者による補正で行けるというわけだ。
「『垂直離着陸機(VTOL)』だから、離陸と着陸が重要だしね」
「それで、どういう制御をするんですか、先生?」
「うん、普通の天秤を使った『水平儀』を幾つか用意して、それぞれ1度傾いた時、2度傾いた時、3度傾いた時……と、それぞれの出力を補正用の推進機に繋いでおくんだ」
これも、一種のデジタル制御……といえるのかもしれない。
「なるほど、それでしたら傾きによって補正の噴射力を変えられますね」
「さすが先生」
「だが、スマートじゃないよなあ……」
「水平儀を大きくすれば、1つにそれぞれの角度用の推進機を制御する出力を出せるじゃありませんか?」
アンリがアイデアを追加した。
「ああ、それも1つの手だな!」
それはそれで、大きなものになりそうではある。
だが、『比例制御』はできずとも、それに準ずる制御ならなんとかなりそうなところまできていた。
「まずはそれでやってみましょう」
「そうだな……ここで足踏みをしていてもどうにもならないからな」
こうして、大きめの水平儀を使った『水平保持装置』が試作された。
1度から10度まで1度刻みで補正噴射を制御できるものだ。
これを、長さ10メートルの実験用天秤に取り付け、試行錯誤を行うことになったのである。
* * *
再び、ド・ラマーク領。
領主であるアキラは、領内の村々を見回っていた。
「領主様だ」
「領主様、おかげを持ちましてこの冬も無事に乗り切れました!」
村長が代表してアキラに挨拶をした。
「雪室は役に立ったかな?」
「はい、肉や野菜が春まで保ちました。重ねてお礼申し上げます」
「それはよかったな」
領民からの感謝を受け、アキラは嬉しく思ったのである。
そしていよいよ、本格的な農作業の季節となる……。
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