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第十八話 思わぬ弊害

 ド・ラマーク領の雪解けは進み、茶色い土の上に萌黄もえぎ色の芽がのぞきはじめた。

 いよいよ春近し。

 農作業の支度が始まる季節である。

 養蚕の準備も開始されており、『蚕室(さんしつ)』の戸と窓は開け放たれ、風を通すことで冬の間にこもった湿気を追い出している。

 職人たちは周囲の桑畑を見回っているが、雪で折れた枝は少なく、どうやら春の芽吹きは順調のようだ。


「いよいよ春めいてきたなあ」

「氷も解け始めましたしね」

 アキラとミチアは窓から外を見ながらささやきあった。

「あと少しで、本格的な春になる。また忙しい日々が始まるなあ……」

「そう言いながら、嬉しそうですね」

「そうか? ……そうだな。やっぱり、春が来るというのは嬉しいものだよ」

「同感です」

 吹く風にも冷たさがなくなってきており、ド・ラマーク領の長い冬も、ようやく終わろうとしていた。


*   *   *


 王都では。


「だ、駄目だ……」

「駄目ですね……」

「残念です……」

 ハルトヴィヒたちの声が、飛行場に響きわたった。

 彼らの目の前には、5分の1に縮小した『垂直離着陸機(VTOL)』の模型がある。

 これを『コントロールライン』で制御して飛ばそうとしたのだ。

 飛ぶには飛んだ。いや、なかなかの飛びっぷりであった。が……。


「ホコリが……」

「ひどいですね……」

「外部からの操縦だったからいいが……」

 『垂直離着陸機(VTOL)』が離陸する時、そして着陸する時に、土ぼこりが舞い上がるのである。それももの凄く。

 今回は『コントロールライン』での操縦だったから問題はなかったが、機体に搭乗しての操縦は難しいであろう。

「これでは、離陸はともかく、着陸時に滑走路が見えませんね……」

 地表までの距離が目視できなくては、安全な着陸などできようもない。

「着陸は普通の飛行機として着陸するというわけにはいかないものな……」

 それでは『垂直離着陸機(VTOL)』の価値が半減してしまう。


「弱りましたね……」

「ううん……」

 工房に戻ったハルトヴィヒたちは頭を抱えた。

「まさかの盲点でした」

「舗装された飛行場であれですから、土の上だったらものすごいでしょうね」

「周囲にも被害が及びそうです」

「………………」


 うまくいきそうだと思った矢先、まさかの欠点。ハルトヴィヒたちはがっくりと肩を落とした……。


*   *   *


 行き詰まった彼らは、考え方を変えることにした。

 まずは少し早いが昼休みとし、気分転換である。

 その後、自動車担当の技術者であるルイ・オットーと、魔法研究者のスタニスラス・ド・マーリンも呼び、再度話し合うことにしたのである。


「……と、いうことなんだよ」

「それは、なんとも……」

「難しい問題ですね……」

 状況を説明すると、2人とも難しい顔になった。

「つまり、土ぼこりで着陸すべき地面が見えなくなるわけですね」

「おまけに、周囲にも何らかの被害を出しそうだ、と……」


「本気で飛行船を考えたくなったよ……」

 肩を落とすハルトヴィヒ。

 これは行ける、と期待が大きかっただけに、落胆も酷かった。


「飛行船? とはなんですか?」

 魔法技術者のスタニスラスには飛行船の説明をしたことはなかったな、と考えながらハルトヴィヒは簡単に説明を行う。

「なるほど、気球に推進機を付け、高速で動き回れるようにしたものですか」

「そういうことだね」

「つまり、『浮く』魔法を開発できればいい、と」

 スタニスラスは腕を組み、考え始めた。


「いやそこまで期待しては……」

 ハルトヴィヒが言い掛けると、アンリとシャルルもそれに続く。

「土ぼこりをなんとかする、とか」

「土ぼこりの中でも見えるようにする、とか」

「それだ!」

「え?」

 シャルルが何気なにげなく口にした言葉が、ハルトヴィヒのアンテナに引っ掛かったようである。


「タニー、土ぼこりの中でも見通せるような魔法ってできないものかな?」

「なるほど、そうきましたか……」

 飛ぶこと自体に問題はない。ただ、『視界が遮られる』ことが問題なのだ。


「アキラに聞いた話では、『赤外線』とか『X線』というものがあるそうだ」

「ほう、それは?」

 ハルトヴィヒの説明に、スタニスラスが食いついた。


「ええと、『赤外線』は、『熱線』ともいって……」

「ふむふむ」

「『X線』は、多少の物体? 物質? なら透過してしまう光線だとか」

「ほうほう……なるほど……」

 少し考えたスタニスラスは、

たとえば、《スペケレ》という、『夜目』の魔法があります。これは、もしかしたらその『赤外線』を利用するのかもしれません」

「お、なるほど」

 さすが魔法研究者、既存の魔法で近い機能のものをすぐに見つけ出した。


「それから《ディアファニス》。壁の向こうを見通す魔法です」

「お、そんなものがあるのか!」

「こちらは、使える人はほとんどいませんけどね」

「固体の向こう側が見えるなら、土ぼこりなんて平気かもしれないな」

「私もそう思いますよ。……3日ください。魔法の見通しを付けますから」

「……今のところ、可能性は?」

「ある、と思ってますよ」

「十分だ。頼む」

「任せてください」


 そういうことになったのである。

 駄目かと思った道の先に、小さな明かりが灯った……。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は2025年9月20日(土)10:00の予定です。


 20250913 修正

(誤)うまくいくそうだと思った矢先、まさかの欠点。

(正)うまくいきそうだと思った矢先、まさかの欠点。

(誤)飛ぶこと事態に問題はない。

(正)飛ぶこと自体に問題はない。

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― 新着の感想 ―
>「舗装された飛行場であれですから、土の上だったらものすごいでしょうね」 >「周囲にも被害が及びそうです」 消防ヘリが校庭等に着陸する時も、事前に小石を払ってスプリンクラーで防砂対策する必要があるって…
あとついでに魔法ならば放射線とか欠片もないでしょうから無害になりそうですし
ん?X線?………もしかすると発想次第では空港の検査装置やレントゲンみたいなことが出来る魔法が産まれるかも?まぁ、流石にレントゲンってなると相応に魔力量が必要(魔法抵抗力突破の為)ですし、その魔力量に比…
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