第十七話 新たな挑戦
翌日は晴天だった。
飛行にはなんの問題もなく、アキラはハルトヴィヒに送られてド・ラマーク領に帰り着くことができた。
「お帰りなさい、あなた」
「父上、おかえりなさい」
「おかえりなさい、とーさま」
「ハルトヴィヒさん、操縦お疲れ様です」
「ようこそ、シャルル殿」
今回の同行者(副操縦士)はシャルルである。
「ゆっくり休んでいってくれ」
時刻は午前9時半。
昼食を済ませて一服したらハルトヴィヒたちは王都に戻る予定である。
「ありがとう。……さっそくだけど、『垂直離着陸機(VTOL)』の話をしてもいいかな?」
「もちろんだとも」
というわけで、アキラ、ハルトヴィヒ、シャルルの3人は食堂へ。
応接室のテーブルとソファの高さよりも、食堂の方が図を描いて話し合うには適しているからである。
「昨日、僕らが考えたものがこれだ」
まず、前日の相談結果を見せるハルトヴィヒ。
「こういうものを考えてみた」
「ほう……」
1つは『オスプレイ』のような『垂直離着陸機(VTOL)』。
もう1つは『ホーカーシドレーハリアー』のような『垂直離着陸機(VTOL)』だった。
「時間がなかったから、思いつけたのはこの2つだな」
「いや、いい線いってると思うぞ」
「だが、どっちも気になる問題が多いんだ」
『オスプレイもどき』は可動軸の強度と制御。
『ハリアーもどき』は噴射ノズルの制御と推進機とのバランス。
「理想は、『浮く』ことと『進む』ことを完全に切り離したいんだよな」
「わかるよ」
アキラとしても、ハルトヴィヒの言い分はよくわかる。
進むことをやめたら墜落する——。それは、アキラにはどうしても許せない欠点だったのだ。
「一応、俺の世界には『垂直離着陸機(VTOL)』の他にも、似たような飛行体があるんだ。『ヘリコプター』と『ドローン』って言うんだがな」
「ああ、飛行機の説明の時、ちょっとだけ聞いた覚えがある」
「そうだったかな。……あの頃はまだ、エンジンの出力が低すぎてこちらの飛行体には使えそうもなかったから、ざっとしか説明しなかったと思う」
「確かに、そういうものがある、と聞いただけだな」
「そうだよな。……で、今なら実現できるかもしれない」
そう前置いて、アキラは紙に絵を描き始めた。
「なるほど、『ヘリコプター』は大きなプロペラを回して浮くのか……でも、反動で機体が回ってしまわないか?」
「ヘリコプターの場合は『ローター』っていうみたいだけどな。で、その心配については『テールローター』で反動を打ち消すらしい」
「ああ、この小さいやつか」
「で、『ドローン』は、こんな感じだな」
「ふむ、前後左右にプロペラを付けてそれで浮くのか」
「進むのには機体を傾けて浮力を推力に転化するわけだが、推進用の機関を設けてもいいと思う」
「だな。……うーん、こっちの『ドローン』がよさそうな気がする」
ハルトヴィヒはドローンが気に入ったようだ。
「シャルルはどう思う?」
「そうですね、私も『ドローン』方式がいいと思います」
「だとしたら、こんな『ドローン』もある」
アキラは『携通』を取り出し、おもちゃとしての『ドローン』の広告を見せた。
「ほう……面白い。やっぱり『異邦人』の世界はアイデアが豊富だなあ!」
プロペラが4つ付いたもの、6つ付いたものもある。
広告なので細部までは見えないが、デザインを見るだけでもハルトヴィヒたちには十分に参考になっていた。
中でも……。
「お、これはいいじゃないか」
それは、ジェット機の平面形に4つ穴を空け、そこにプロペラを組み込んだ飛行機タイプのドローン。
ハルトヴィヒはそれがいたく気に入ったらしい。
「浮くためのプロペラがあるんだから、主翼は小さくてもいいな。空力を利用したいから、なくすことはできないが」
「先生、左右の主翼にプロペラを設置するのはいいですが、前後はどうします?」
「そっちはロケットエンジンのノズル偏向で行けないかな?」
「ああ、なるほど……」
ハルトヴィヒの頭の中には、既に構想ができつつあるらしい。
「このプロペラだけど、直径が大きいから、回転数は少なめがいいだろうね。だからトルク重視のエンジンにして……」
「前後の安定性は、多少自動化したいですね、先生」
「そうだね。だとすると、水平儀に連動するような自動制御を考案するか……」
シャルルとともに、いろいろとアイデアを出し始める。
「強度を考えると、今回は全金属製だな」
「ジュラルミンですね」
シャルルが頷いたところへ、アキラが口を出す。
「そうそう、こんなのもあった」
『携通』から書き出したメモを見せる。
そこには『A6061』と書かれていた。
A6061はアルミニウムにマグネシウム、ケイ素などを加えた合金である。
耐食性がよく、熱処理によって硬度を上げられる(生の部材は軟らかいので変形加工しやすい)。
溶接性は劣るが、この世界では溶接は行っていない。
「マグネシウムは滑石から取れるんだったな。ケイ素は水晶や石英か」
ハルトヴィヒが確認するように言った。
アキラは頷く。
「そうなる。これを見ると、強度はジュラルミン(A2017)の方が高いが、曲げ加工をする必要のある部材はこっちにしておいたほうがいいかもしれないと思ってな」
ジュラルミンは、例えば板を90度折り曲げようとすると折れる(曲げの半径にもよる)のだ。
量産ならともかく、現場で合わせながら組んでいく試作品にはあまり向かない場合もある、というわけだ。
「わかった。参考にしよう」
アルミニウムの生産も軌道に乗り、今回の『垂直離着陸機(VTOL)』は全金属製にすることができる、とハルトヴィヒは言った。
「もう機体のノウハウはあるから、試作に1ヵ月、実用に3ヵ月、といったところかな」
「すごいな……」
アキラは純粋に感心した。
現代日本だったらその5倍から10倍の開発期間が必要だろうな、と。
「ハルト、頼むよ」
「ああ、任せてくれ」
こうしてまた1つ、『大遠征』への準備が開始されたのである。
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次回更新は2025年9月13日(土)10:00の予定です。




