第十二話 ヘンリエッタ
アキラにとって、王都滞在2日目。
午前中は特に仕事はないため、比較的自由に過ごせる。
そこで、前日の約束どおり、ラグランジュ邸……ハルトヴィヒの家へ行ってみることにした。
ハルトヴィヒの家は官舎なので、王城に隣接している。歩いて10分だ。
「ようこそ、アキラさん」
「ようこそ、アキラ」
訪問するとリーゼロッテとハルトヴィヒが出迎えてくれる。
そして、リーゼロッテの蔭に隠れるようにして、ヘンリエッタが顔をのぞかせていた。
「エッタちゃん、こんにちは」
「……」
さらにリーゼロッテの蔭に隠れるヘンリエッタ。
みかねたハルトヴィヒが、
「もう9歳になるのに、人見知りでね。……ほら、アキラおじさんだよ」
と言って、優しく背中を撫でると、ようやくヘンリエッタはリーゼロッテの蔭から出てきた。
「……こんにちは……」
そして、もじもじしながらも前に出てきて、たどたどしいカーテシーでお辞儀をした。
「こんにちは、おじさんのこと、覚えてるかい?」
「……はい、タクミさんの、お父さま、ですよね?」
「そうだよ。エッタちゃんと会うのも久しぶりだね」
「はい……」
これまでは、馬車で王都へやって来ていたため、私用に使える時間がなかったのである。
が、今回は飛行機による送迎を行うため、合計で2日ほどの余裕ができているのだ。
なお、あくまでも合計なので、まる2日間フリー、というわけではない。
とりあえず、この日の午前中は時間があることは間違いないので、アキラはリーゼロッテやヘンリエッタとの再会を喜んだ。
* * *
再会の挨拶を終えたアキラは、応接間へ招き入れられた。
「どうぞ」
「ありがとう」
出されたのは、香りのよい紅茶。
「里帰りをした際に持ち帰ったお茶なの」
「うん、これは美味しい。……何かフレーバーが入っているのかな?」
「ええ、メープルシロップで甘みを付けてるのよ」
「ああ、これはメープルシロップの香りか」
現代日本でも『メープルティー』として飲まれているレシピである。
アッサム系の茶葉で淹れた紅茶にメープルシロップで甘みを付けるだけなので簡単である。
「美味しいものだね」
「でしょう? ド・ラマーク領でもメープルシロップを作ったらどうかしら」
「いいな。できるかどうか、検討してみよう」
サトウカエデでなくとも、カエデ類の樹液を煮詰めればメープルシロップになる。
現代日本の秩父地方では、豊富なカエデ類の樹木を活かしたメープルシロップづくりが行われている。
『ハルト式コンロ』を使えば、燃料代はかなり浮かせられるはずなのだ。
「このクッキーも、メープルシロップで甘み付けしたものよ」
「これも美味しいなあ」
「ド・ラマーク領ではハチミツが採れるけど、こういうのもいいんじゃない?」
「そうだな。参考になったよ、ロッテ。ありがとう」
「どういたしまして」
そんな会話に、ヘンリエッタが加わる。
「……おじさま……タクミさんはどうしてますか?」
「タクミかい? 毎日元気に遊び回ってるよ」
「いいですね……」
「王都は退屈かい?」
「はい……ド・ラマーク領がなつかしいです」
「そうか……」
が、ハルトヴィヒは、そんなヘンリエッタに、
「そのうちみんなでド・ラマーク領へ行こうな」
と言う。
「休みが取れるのかい?」
とアキラが言えば、
「長期は無理でも、1週間くらいならね」
とハルトヴィヒ。
「あと、『フジ改』を下げ渡してもらえることになっているんだ」
「え、つまり自家用機になるということか?」
「そういうことさ」
これは朗報であった。
「これまでの航空機開発の報奨ということなんだよ」
「それはよかったなあ」
『フジ改』であれば、ハルトヴィヒ一家を乗せても、2時間ほどでド・ラマーク領まで行くことができる。
「これから、有力者が自家用機を持つ時代になりそうなんだ。そのテストケースという意味もあるらしい」
「そういうことか」
もちろん操縦は専任のパイロットを雇うことになるだろう。あるいは自らが操縦を習得するか。
そういう時代も、もうすぐそこまできているようである。
「そうなったら、一度みんなでド・ラマーク領へ行こうな」
「はい、お父さま。おじさま、よろしくおねがいしますね」
「ああ、待っているよ」
ようやくヘンリエッタもアキラと話すことに慣れたようで、笑顔を見せてくれるようになった。
「『絹屋敷』のお蚕さんがなつかしいです!」
「そ、そうかい」
そういえばヘンリエッタは虫を嫌がらない子だったな、と昔を思い出すアキラ。
「ちょうちょも、とんぼも、王都にはあまりいないんですもの」
「そうだろうね……」
「くるみもどんぐりも拾えないし、王都なんてつまらないんです」
人見知りの割にはお転婆なんだな、とアキラは苦笑した。
「エッタちゃんには王都は合わなかったみたいだね」
「そうなのよ」
ため息混じりにリーゼロッテが言う。
「最近はド・ラマーク領に帰りたい帰りたいって言うんですもの。なだめるのに苦労しているのよ」
「まあそれも、自家用機を持てるようになれば解決するさ」
「そうね……」
「楽しみです!」
ヘンリエッタがド・ラマーク領へ行く日は近そうである……。
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次回更新は2025年8月9日(土)10:00の予定です。




