第十一話 王都での報告
アキラを乗せた『フジ改』は、定刻どおり王都に到着。
操縦士のハルトヴィヒは、危なげなく着陸した。
王都の飛行場にはアキラ・ムラタ・ド・ラマーク子爵を出迎えに、宰相パスカル・ラウル・ド・サルトル、産業大臣ジャン・ポール・ド・マジノ、魔法技術大臣ジェルマン・デュペーら重鎮たちがやって来ていた。
まずは、無事の到着が祝われる。
「ラグランジュ卿、無事の帰還、お慶び申し上げる」
「アキラ殿は、飛行機による初の客人だ」
「ハルトヴィヒ殿、飛行機は素晴らしいな!」
「ラマーク卿、ようこそ王都へ」
歓迎の人々と握手を交わしながら、アキラは飛行機による移動もここまで来たか、と感無量である。
あと2歩くらいで『旅客機』も完成しそうである……。
* * *
アキラが王都へ来た(あるいは王都へ招かれた)目的は例年どおり、新技術のお披露目やアドバイスである。
そんなに毎年新技術が開発できるのか、という疑問はあるかもしれないが、『開発』ではなく『実用化』であり、『解説』ではなく『アドバイス』である。
そして、魔法がなく科学技術が発達した世界から来たアキラの視点からは、この世界の改善点が無数に見つかるのである。
それを改善できるかどうかは、この世界の魔法技術者に掛かっており、そのための『アドバイス』である。
また、別角度からの視点で見た新たな『文化』を実用化した報告もまた、文化的な違いのある世界にとっては歓迎すべきことなのだ。
* * *
早速、『実用化』された文化……『絵物語』が紹介される。
フィルマン・アレオン・ド・ルミエ侯爵のところの侍女リュシル(リュシー)とその弟子たちに協力してもらって作ったもの。
内容はいくつかあるが、その1つが『桃太郎』をこちら風にアレンジした『ピーチヒーロー』。
桃の木の下で見つけた捨て子を老夫婦が育て、成長した子供は同じ桃の木下に埋まっていた勇者の剣を携え、鬼退治に向かう。
途中でフェンリル、グレートコング、ワイバーンをお供に加え、見事、鬼を退治して地に安寧をもたらす話だ。
それから『一寸法師』『金太郎』『花咲かじいさん』などもこちらの世界風にアレンジして絵物語にした。
タイトルはそれぞれ『ミニマムウォリアー』『ワイルドボーイ』『フラワーオールドマン』。
絵本よりは読み応えのある内容になっているので『絵物語』とした。
印刷技術が発展してきたからこそ『実用化』できるのだ。
『実用化』した文化はこれに留まらず、もう1つある。
それは『和刃物』。
『絵物語』との落差が酷いが、それはそれ、これはこれ。
この世界の刃物は、ほぼ全てが『全鋼』、つまり総鋼造りである。
丈夫で長持ちすると思いきや、1つ大きな欠点がある。
それは『研ぎにくい』ということ。
鋼は硬度が高いため研ぎにくいのだ。
そこで『和刃物』である。
和刃物の特徴は、軟鉄の地鉄に鋼を鍛接するということ。
軟鉄とはいっても鉄であるから、そこそこ丈夫である。
この構造の代表的なものが日本刀であるが、ノミやカンナ、出刃包丁、刺身包丁なども同じである。
刃の部分だけが硬く、残りは軟らかい地鉄なので、研ぎやすいわけだ。
問題点があるとすれば、製作に『手間がかかること』。
全鋼の刃物は『鋳造』でも可能ではある(鋼は流動性が悪いので、複雑な形状にはしづらい)。
が、鍛造は基本的に手仕事であり、さらに地鉄と鋼を鍛接しなければならない。
熱を加えると鉄や鋼の表面は酸化してしまうため、そのままでは押しても叩いてもくっつくことはない。
そこで『鍛接材』である。
表面の酸化皮膜を取り除くための鍛接剤だが、その素材が不明だったのである。
『携通』には、『藁灰』と『粘土汁』を使う、とのみ書かれていて、具体的な内容は皆無。
それを、試行錯誤を延々と繰り返してようやく『稲藁』の『藁灰』と、『ガラス質が多い粘土汁』を使うことで成功したのである。
魔法による鍛冶であればもっと前から作ることもできたのだが、それでは一般的な技術とはいえないため、今回の報告となったのであった。
「将来的には、『3層鋼』……鋼の板を軟鉄の板でサンドイッチした鋼材を開発できれば、と思っています」
現代日本の関市などの刃物の町でも使われているもの。プレスで包丁やナイフの形に打ち抜くことで簡単に和刃物ができる。
こちらが『アドバイス』である。
「なるほど、『絵物語』と『和刃物』、ジャンルは大きく異なっているが、どちらも興味深い」
報告を聞いた宰相と魔法技術大臣、それに産業大臣らは嬉しそうに頷いたのである。
「『絵物語』は貴族の子弟の情操教育に役立ちそうだ」
「内容をうまくまとめられれば、学習にも使えると思いますよ」
実際、『学習まんが』というジャンルは昭和の頃から存在し、少年少女たちの知識を増やすことに役立ってきたという歴史がある。
「『学習用』か。確かにいいかもしれないな。それに3層鋼……。開発目標の1つにしよう。アキラ殿、毎年の新規報告、ご苦労である」
それでこの日の報告会は終了となった。
* * *
アキラは、王宮内の来客用フロアに泊まっている。
貴族が王宮に招かれた時に宿泊するためのフロアで、客室と浴室、それに小さめの会議室が備えられている。
ハルトヴィヒは、その会議室でアキラと話し合っていた。
「明日は時間の余裕があるんだろう?」
「午前中は自由だな」
「なら、家へ来てくれ。ロッテも会いたがってるから」
「そうだな、是非お邪魔させてもらうよ。ヘンリエッタも大きくなったろうな」
「アニーもタクミたちに会いたがっていたよ」
「そうかあ……」
最後に会ったのはいつだったかな、と思い出すアキラ。
もう3年くらい会ってないな、と思い至る。
「明日を楽しみにしているよ」
「僕らもだ」
そして話題は、北の山越えについて、となる。
「できれば今年の夏に、第一次探検飛行をしたいと思ってるんだ」
「それはいいと思う。だが肝心なのは手順だ」
「それは同感だ。……まずは偵察からだろう」
「うん」
機体の性能アップが順調にいった場合、航続距離については問題なくなるだろうとハルトヴィヒ。
「到達高度も更に上げておくよ」
「期待してるよ」
「速度も向上させる。それなら、もしかすると短時間で北の山を飛び越えられるかもしれないし」
「それはそうだな」
目標は巡航速度時速600キロだ、とハルトヴィヒは言った。
「ロケットエンジンなら可能だと思う」
「それは凄いな……」
時速600キロなら、2時間で1200キロを飛ぶことができる。
これは東京から北海道の稚内までの距離よりも長い。
偵察には十分な距離のはずである。
アキラとハルトヴィヒは、夜遅くまで夢を語り合ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2025年8月2日(土)10:00の予定です。
20250802 修正
(旧)全鋼の刃物は『鋳造』でも可能(鋼は流動性が悪いので、複雑な形状にはしづらい)。
(新)全鋼の刃物は『鋳造』でも可能ではある(鋼は流動性が悪いので、複雑な形状にはしづらい)。




