第十話 空路、王都へ
偵察飛行から戻った、その翌日。
空は快晴、雲一つない飛行日和である。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、あなた」
「いってらしゃい、父上」
「いってらっしゃい、とーさま」
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
「ハルトヴィヒ様、主人をよろしくお願いします」
「お任せください」
家族と家臣たちに見送られ、アキラは機上の人となった。
扉が閉まり、プロペラが回り出す。
アキラを乗せた『フジ改』はゆっくりと動き出し、やがて風を切って走り出す。
そして十分に速度が乗ったところで離陸。
機首を上げると、ぐんぐんと速度を増し、数分後には見送る者たちの視界から消えてしまった。
「王都まではどのくらいだい?」
「巡航速度で2時間といったところかな」
「速いなあ」
「おかげでね」
眼下にはかつて通った街道が見えている。
「しかし、飛行機での移動が主になったら、街道筋にある宿屋や商店は衰退するのではないでしょうか?」
副使のレイモンが少し残念そうに言った。
「いや、それはないだろう」
アキラが答える。
「飛行機での移動はあくまでも特殊な場合に限られるだろうし、今後『自動車』が発達すれば、そちらが主流になるだろうから」
「そうでしょうか」
「少なくとも、俺の故郷ではそうだったよ」
『異邦人』としてのアキラの言葉に、少しほっとした様子のレイモン。
聞けば、彼の親戚が宿屋を経営しているので、気になったのだという。
そこでアキラは、現代日本の交通事情を説明することにした。
「海外……海の向こうへの移動手段としては飛行機と船があったな。急ぐ場合は飛行機、のんびりした旅行なら船だ」
「船……確かにゆったりできそうですね」
「陸続きの国内だと、近距離から中距離は自動車と列車が主だったかな。飛行機は急ぐ場合と長距離に使われていた」
「列車……ですか?」
「ああ。鉄道ともいって、鉄製のレールを敷いて、その上を走るわけだ。抵抗が少ないから大きな車両を走らせられるので、大量輸送に向いているな」
「でも、その鉄製のレールを敷くのが大変そうですね」
「そのとおりさ。鉄の生産量も関係してくるからな」
「そうですよね」
「で、飛行機と自動車だけど、例えば自動車で2時間、飛行機で30分だった場合、どっちを選ぶか、だな。俺の世界の場合、飛行機の運賃は自動車や鉄道の運賃の5倍から10倍くらいした……と思う」
「そんなに差があるなら、1時間半くらいの違いなら自動車を選ぶ人も多いでしょうね」
「そうそう。それに、自動車の場合は自分で運転できる、という楽しみ方もある」
「確かに。飛行機は誰でも操縦できる、というものではないですからね。自動車の方が遥かに手軽ですね。オーナーにもなりやすい」
「そうなんだよ。それに、飛行機の場合、事故を起こせばイコール墜落だからな」
墜落イコール死亡事故でもある。
飛行機が増え、利用者が増えれば、いつかは起こり得るのが事故。
もちろん自動車であっても衝突・横転などの事故は起きるし、鉄道であっても脱線、稀にだが衝突も起きる可能性は否めない。
「……なるほど、その例で言いますと、鉄道がもっとも事故を起こしにくそうですね」
「正しく運用していれば、そのとおりだ。おそらく運賃も、庶民に手が届くものになる」
「移動手段に選択肢があるというのはいいことだと思います」
「俺もそう思う」
レイモンは交通手段それぞれの本質を把握しているようだ、とアキラは感じた。
「……ただ、こっちの世界は俺のせいでかなり違った発展をしているけどね」
飛行機が先で自動車がそれに続いているという、歪な発展をしている、とアキラは言った。
「……いや、元々『魔法』がある世界だからね。アキラの世界と同じにはならないさ」
操縦席にいたハルトヴィヒが言葉を挟んだ。
今は王都へ向かって高度1000メートル付近を水平飛行しているだけなのでこのくらいなら会話に参加できるのだ。
「とはいっても、いろいろ過程をすっ飛ばして発展しているからな」
どこかで辻褄を合わせないとまずいだろうな、とアキラは思っている。
それが、今回の王都行で提案しようと思っていることの1つでもあった。
長年の夢であり、懸案事項でもあった『北の山々』の向こうにあるという国へ行き、ミシンを手に入れる。
ミシンが手に入ろうが入るまいが、その後は教育に力を入れようとアキラは考えていた。
「さて、もう行程の半分は過ぎたぞ」
ハルトヴィヒが言った。
「速いな……」
「時速400キロくらいを出しているからな」
「あ、そうだ」
「どうした?」
「昨日相談された、魔力残量計のアイデアだがな」
「ああ、聞かせてくれ。レイモンもよく聞いておいてくれよ」
一晩経って、アキラももう少しだけアイデアを思いついていた。
「魔力の圧力みたいなものでメーターを動かせないかな? タンク内の100万分の1くらいの魔力でなら、消費量は問題にしなくていいだろう」
電圧計の考え方である。
「お、なるほど」
魔力圧(?)が減ってきた場合、メーターも比例して低圧……空の方に動くわけだ。
「それから、重さだな。魔力にどれくらい重さがあるかは知らないが、天秤を使えば少しはわかるだろう」
「ふむふむ」
「あと、確実に消費量を上回るように、その……『魔力凝集機』だっけか? それを搭載するんだ。これはかなりの力技だけどな」
「それは確かにな」
消費を上回るほどに供給できれば、確かに魔力切れの心配はないわけだ。
「あともう1つ。カートリッジ式にして、1つの魔力がなくなったら次のものと交換する。空のカートリッジと満タンのカートリッジの数で残量を知る」
単3とか単4の乾電池を使うイメージを、アキラは思い浮かべていた。
「うーん、さすがアキラだ。ありがとう。検討させてもらうよ」
「役に立てたかな?」
「十分だよ」
特に『消費量を上回るような魔力凝集機』と『カートリッジ式』は、今の技術の延長で実現可能である。
ハルトヴィヒは、王都に戻ったら早速研究しようと考えていた。
「アキラ殿は、さすが『異邦人』ですね!」
「いや……」
レイモンはすっかりアキラに心酔したようで、興奮気味にいろいろ質問を始めた。
もうじき、王都である……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2025年7月26日(土)10:00の予定です。
20250922 修正
(旧)
「あと、消費量を上回るような魔力ジェネレーターを作る。これはメーターじゃないけど」
「それは盲点だったかもな……」
(新)
「あと、確実に消費量を上回るように、その……『魔力凝集機』だっけか? それを搭載するんだ。これはかなりの力技だけどな」
「それは確かにな」
20250923 修正
(旧)特に『消費量を上回るような魔力ジェネレーター』と『カートリッジ式』は
(新)特に『消費量を上回るような魔力凝集機』と『カートリッジ式』は




