第六話 雨水
ある朝、アキラが目覚めると、外は雨が降っていた。
雪ではなく、雨、である。
「言うなれば『雨水』か」
雨だれを見ながら、アキラはひとりごちた。
「これで、雪も減り始めるな」
『雨水』は雨水のことではなく、二十四節気の1つである。
降る雪が雨に変わり、山の雪解けも始まる頃である。
そして、王都行もまもなく……なのであるが、
「今年は飛行機により送迎があるんだってさ」
「あら、いいですわね」
「王都まで半日も掛からないからな」
「荷物はどうなんですか?」
「多いようなら、先に馬車で送ってもいいそうだ」
「あら、それはいいですわね」
「まだ日にちはあるけど、そろそろ準備を始めないとな」
「何か必要なものがありますの?」
「あるんだよ。ほら、滑走路の整備が」
「あ、ああ、そうですね……飛行機が着陸できないと困りますものね……」
王都行についてはそんな会話がなされている。
* * *
そして王都では。
「うーん、この形式が今のところベストかな?」
「ですね、先生……」
「プロペラ式飛行機に『ハルト式ロケット推進器』2基を補助に取り付ける、ですね」
「それで最高速度は5割増し、最高高度は8000メートルを超えるんですから」
これなら『北の山』を越えることができるだろうと思われた。
すべてをロケット推進器にするよりも、広い速度域に対応できそうだというのが大きな理由である。
「機体の強度も5割増し以上にしないと危険ですよね」
「そうだな。……それにはジュラルミンを使おう」
「そうですね」
単純な強度であれば『焼入れ鋼』が最も強い(現在のこの世界において)が、重要なのは重さあたりの強度である。
単位質量あたりの強度を『比強度』といい、ジュラルミンは木材よりも高い値となる。
例として圧縮に対する比強度は鋼が204、コンクリートが33、ジュラルミンが557、杉材が120というデータがある。
このように、ジュラルミンは強度と軽さを要求される航空機に適した素材なのだ。
「完成している機体のいくつかを改造しよう」
「それが手っ取り早いですものね」
今は少しでも運用データがほしい、とハルトヴィヒたちは思っている。
まず改造の対象となったのは双発単葉機のルシエル1。
全長7.0メートル、全幅(翼幅)10.0メートル、全高3.2メートル。
ハルト式8段回転盤エンジン2基を積む。
構造材に一部『鋼管パイプ』を使っているが、これをジュラルミンに交換した。
その他にも強度の必要な部分を交換した結果……。
空虚重量は630キロだったが、ロケット推進器2基の追加も含め730キロに増加。
が、最大離陸重量は1700キロから2500キロに増えた。
最高速度も時速325キロから420キロとなり、大幅な性能アップとなったのである。
「この『ルシエル改』を使って更にデータ取りをしていこう」
「はい、先生」
ハルトヴィヒたちのチームはやる気満々である。
* * *
王都で研究されているのは航空機だけではない。
ルイ・オットーが主導する『自動車』も大きく発展を遂げていた。
魔法のあるこの世界では航空機よりも開発が難しい面がある。
それは、『精度を要求される機械部品』が多いためだ。
具体例を挙げると、まず歯車。噛み合わせのスムーズさが要求される。
変速機や差動歯車装置がその最たるものである。
それから、ショックアブソーバー(ダンパー)。
加えて、計器類もそうであるし、タイヤチューブのバルブも含まれる。
一品生産ではなく工業製品として生産するための下地づくりを、ルイ・オットーは頑張っていた。
これは、ハルトヴィヒたちとはまた違う方向性の苦労である。
「まだオイルダンパーの油漏れがあるなあ……」
道路事情の悪いこの国では、オフロード仕様の自動車が必要とされており、その実用化のためにはダンパー……つまり路面からのショックを吸収する機構が不可欠である。
「サスペンションはなんとかなったんだがな……」
『懸架装置』は要するにばねであり、路面の凹凸を車体に伝えないようにする緩衝装置である。
そしてばね単独だと伸び縮みを繰り返す『振動』を生じるので、それを速やかに収束させるための装置がダンパーである。
伸び縮みの運動エネルギーを油に吸収させるものがオイルダンパーで、スライドして伸び縮みするピストンのような構造を持つ。
このピストンの隙間が大きいと、封入した油が漏れてくるわけだ。
今のところ、10個製造して合格品が1個、というありさまである。
不良品も再度加工することで2個くらいは使えるようになるが、残る7個は廃棄……素材に戻して再利用、となる。
「……歩留まりが悪いにもほどがある」
思わずぼやいてしまうルイ・オットーなのであった。
* * *
再びド・ラマーク領。
「滑走路の除雪だけは進めておかないとな」
「はい、旦那様」
雨が降ると雪が解け始めるのだが、その反面、朝晩の寒さで凍りつくのだ。
そうなると地面にへばりついて除雪が困難になる。
そうならないうちに滑走路だけでも除雪してしまおうというわけである。
ということで、日当を出して大勢の人夫を雇い、滑走路の除雪を行うアキラなのであった……。
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次回更新は2025年6月28日(土)10:00の予定です。




