第三話 灯台下暗し
厳冬のド・ラマーク領。
年が明けて夜が明けるのはわずかに早くなったようであるが、寒さの方は更に厳しさを増した、そんな頃。
「領内の暮らしはどうだ? 体調を崩している者は? 食料や燃料は足りているか?」
執務室でアキラは領主補佐のアルフレッド・モンタンに確認をした。
「はい、この冬は特に問題は起こっておりません。……これで4年連続で、穏やかな冬越しを過ごせております」
「よかったなあ」
「はい、これもアキラ様の政策が功を奏したからです」
「だといいんだが。……今年の雪も寒さも平年並みのようで助かったな」
平年並み、というのは、自然を相手にした場合に一番対しやすい気候である。
平年より雨が多い、暑い、あるいは雨が少ない、寒い、などというのは対処に追われ、厳しいものがあるのだ。
そんなアキラは領主になってからこの方、領内の生活向上に尽力してきた。
上下水道の整備、食料の備蓄、冬の間の手間仕事、衛生状態の改善等々。
それらが今、緩やかに実を結び始めたのである。
そしてその恩恵は、周辺の他家の領地にまで及んでいた。
それはすなわちド・ルミエ領、すなわちフィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵の領地である。
この年、前侯爵は66歳になる。
一度は高血圧の心配があったが、アキラの助言と配下の手配りにより、今はまったく心配がないほど健康体になっていた。
「今年の冬も、このままやり過ごせそうだな……これが、真の『異邦人』の恩恵であろう」
住民が穏やかに暮らすことができ、苦しい生活を強いられないようになる。
『異邦人』の世界とはそういうものだと聞いており、こちらの世界を少しでもそれに近付けようと、歴代の『異邦人』たちは尽力したという。
「アキラ殿もよくやってくれている。おかげで我が国もこれまでにない隆盛を誇れるというわけだ」
『絹製品』の恩恵で、外貨獲得だけでなく、文化の中心、発信地としてガーリア王国の国力は右肩上がりであった。
その国力で、『航空機』『自動車』の開発も行えているのだ。
* * *
王都では、ハルトヴィヒと弟子たちは悩んでいた。
新たな推進器の開発が行き詰まっているのだ。
『《リクシ》(破裂)』を使った実験は、ことごとく失敗に終わったのだった。
「やはり『《リクシ》(破裂)』は破壊に重点を置いた魔法なんだな」
それが彼らの結論であった。
「では、どうするか」
「先生、やはり『ハルト式推進機』の延長ではないでしょうか」
「そうかもな……」
『ハルト式推進機』は、熱気球を作った際に開発されたもの。
『風属性魔法』には反動がないことを利用し、半球状の『受け』に向かって風を吹かすことで推進力を生み出すものである。
「考えなかったわけじゃないんだが、そのままでは力も速度も足りないんだよ」
『ハルト式推進機』は、気球や船を動かすことはできるが、飛行機を高速で飛ばせるかというと否である。
が、解決すべき問題点は、『《リクシ》(破裂)』を使った推進器よりは簡単そうに思えてきた。
「……まずは『ハ…ト式推進機』を使う際の問題点を列挙してみよう」
ちょっとだけ、正式名称を口にするのが照れくさいハルトヴィヒが言う。
「はい、先生。それを元に、改善案を出すのですね」
「そういうことだね」
『ハルト式推進機』を飛行機の推進機として使う上での問題点。
1.噴射速度が低く、最高速を上げられない
2.推進力が弱い
この2点が最大の欠点である。
「逆に長所は、というと……」
1.構造が簡単で軽く作れる
2.発熱しない
の2点であろうか。
「発熱がないから、アルミニウム合金で作れば更に軽くなるな」
これは飛行機に使う上で大きな利点である。
だが、しかし。
「速度が出ないのと力が弱いのは困りますね」
というアンリの言葉がすべてを物語っている。
「推進力に関しては、数を増やすことで対応できると思います」
「大きくしてもいいのではないでしょうか」
「うん、それで力に関しては対応できると思う。問題は噴射速度だ……噴射速度か……うーん……」
ハルトヴィヒが答え、何やら考え始めた。
ところで、これには1つ、誤解されている点がある。
『ハルト式推進機』は、噴射されている空気『だけ』で動作しているわけではないということだ。
一番の効果は、推進器の先端に向けて放たれている風が『推す』力である。
この時、『風』が生じる点(魔法点)は推進機と一緒に移動するため、推進器の速度によらず一定である。
つまり、どうにかして噴射速度を上げることができれば、『ハルト式推進機』は今以上の速度を得ることができる可能性を秘めているのだ。
これに気が付いたのは、やはり設計者のハルトヴィヒであった。
「……噴射速度を上げるなら、ノズルを絞ればいいんだ!」
「あ、そうですね!」
単純な発想であった。
計算式は『流量/断面積』。
流量が一定なら、ノズルの断面積を半分にすれば流速は倍になる。
今の『ハルト式推進機』は、噴射速度は秒速10メートルから30メートル。
ちなみに風速30メートルは時速換算で108キロ。
台風の場合、瞬間風速30メートルでは、人が風に向かって歩けなくなるという。
「この風量を3分の1に絞れば風速は3倍、時速324キロになって、十分な速度になる」
「確かに……!」
「『《リクシ》(破裂)』を使うより現実的かも知れませんね」
「こういうのを『灯台下暗し』って、言うらしいよ」
アキラから聞いたことわざを披露するハルトヴィヒであった。
「いろいろ寄り道をしてしまったが、最適解は身近にあったようだな……」
が、まだまだ目指すところは遥か彼方である……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2025年6月7日(土)10:00の予定です。
20250531 修正
(誤)「やはり『《リクシ》(破裂)は破壊に重点を置いた魔法なんだな」
(正)「やはり『《リクシ》(破裂)』は破壊に重点を置いた魔法なんだな」




