第一話 ロケットエンジンの可能性
年が改まり、ド・ラマーク領にも雪が降り積もっている。
これから2ヵ月ほどは、屋外での活動が大きく制限される季節だ。
そのため、農村では『わら細工』『い草細工』『小物木工』『革細工』などが行われ、冬場の生業となっている。
体力的には楽(雪下ろし・雪かき除く)な季節なので、秋までの疲れを癒やす季節ともいえる。
「『寒暑は人を休ませる』というからなあ」
ティータイムに桑の葉茶を飲みながらアキラは独りごちた。
それを耳にしたミチアが応じる。
「『寒暑は人を休ませる』……確かにそうですね。厳寒の季節や酷暑の季節に無理をすると身体を壊しますからね」
人の身では、大自然の営みに逆らって無理をするとろくなことがない、ということだ。
「この間に、いろいろと今年の予定を考えておかないとな」
「そうですね。……今年こそ、『北の山』を越えるのでしょう?」
「そうありたいな……」
アキラは、昨年のことを思い返した。
それは、ハルトヴィヒたちが『フジ』の試験飛行をすべて追え、翌朝王都へ帰るという夜のこと。
夕食後、アキラ、ハルトヴィヒ、シャルルの3人で、これからのことをいろいろと話し合ったのである。
* * *
「飛行機の各部をもっと精度よく組み上げるのは必須として、この先目指すものは何だろうか?」
ハルトヴィヒが尋ねた。
「やはり、ジェットエンジンかロケットエンジンだろうと思う」
アキラが答える。
「やっぱりそれか……。『携通』で少し読んだ覚えがあるんだが、詳しく教えてもらえないかい?」
「もちろんだ」
アキラは頷き、メモ用紙を取り出していろいろと図を書いて説明をする。
「『ジェット』というのは、元々は『ノズルやパイプなどから連続的に噴出する液体や気体の流れ』と『携通』にある。つまり、空気を吹き出して推進力を得るエンジンを『ジェットエンジン』というわけだが、それとは別に『ロケットエンジン』というものもある」
「うん」
「俺のいた世界では、『空気を吸い込んで燃料と混合して燃焼させる』のが『ジェットエンジン』で、『燃料に酸化剤も含んでいて真空でも使える』のが『ロケットエンジン』と呼ばれていた」
「なるほど」
「だから今度も、それに準じた呼び方をしたいと思う」
「うん、わかった。シャルルもいいね?」
「はい、先生」
ここまでが前提だった。
「俺としては、ロケットエンジンを魔法で再現できるならその方がいいと思うんだけどな」
現実……現代日本では、ロケットエンジンの場合、酸化剤……燃料を燃焼させるための物質も搭載しなくてはならないため、どうしても重くなってしまうのだ。
が、魔法で爆発させることが可能なら、話は別。
ジェットエンジンよりも構造が比較的単純にできる。
「うん、つまり『爆発』する魔法を使って推進力を得ようというわけだな」
さすがハルトヴィヒ、アキラの意図を瞬時に察したようだ。
「……で、あるのかい?」
「あるといえば、あるな。……シャルル、君も知っているだろう?」
「はい。『爆発』そのものを起こす魔法がありますね」
「お、あるんだ。……で、どんな魔法なんだ?」
「《エクリクスィ》という魔法なんだが……」
やや渋い顔で答えるハルトヴィヒ。シャルルも顔をしかめている。
「何か問題が?」
「いや、使える者が限られていると言うだけさ。……それはこっちで解決すべき問題だ。これをどう使えばいいのか、そっちのアドバイスがほしいな」
「ああ、そうだよな」
アキラは少し考えてから、再度口を開く。
「まずはその《エクリクスィ》って魔法のことを教えてくれ」
「う、うん。……一言で言うと、何もない場所に爆発を起こせる魔法なんだ」
「威力は? 連続で発動できるのか?」
「……まず威力だが、調整できる。小屋の扉を吹き飛ばせるくらいから、城門を吹き飛ばせるくらいまで」
「うんうん」
「連発は……威力が小さければ、数秒おきくらいなら可能かな?」
「おお!」
「……役に立ちそうかな?」
「うん……」
アキラは、かつて大学で受講した『航空宇宙工学』の内容を思い出そうとしている。
(単位稼ぎのために取った講義だったけど、思わぬところで役に立ったなあ……)
広く浅く(できれば深く)、いろいろな基礎知識を身につけるという『基礎教育課程』で受けた講義が、今役に立とうとしている。
アキラが考えているのは『パルスデトネーションロケットエンジン』である。
デトネーションとは、衝撃波を伴う非常に強力な燃焼の一種。
短時間で巨大なエネルギーを生み出すことができる。
それを魔法により再現、あるいは非常に似たものを作り出すことができるかもしれない……と、アキラは思ったのである。
デトネーションすなわち爆発による衝撃波を魔法で作り出すことができれば……とアキラは考えたわけだ。
(まあ、その場合はデトネーションとはいわないのかも知れないけどな)
単なるパルスロケットエンジンかも、と考えるアキラ。
「……とにかく、一方向だけが開いた密閉容器の中で爆発を起こせば、ロケットエンジンができるはずだ」
工学系ではないアキラには、それ以上のアドバイスは難しかった。
が、ハルトヴィヒにはそれで十分。
「なるほど、やりがいがあるな」
と、やる気を見せたのである。
「……すると、必要なのは頑丈な容器か」
「熱は発生しないのかな?」
「ああ、それは調整できるよ」
「できるのか。……魔法だから、熱を発生させない爆発ができるんだな」
「そういうことになるかな」
「なら、耐熱性は考慮しなくていいな」
アキラは、知る限りの知識を伝えていくのだった。
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次回更新は2025年5月24日(土)10:00の予定です。




