第三十二話 夢、遥かなり
『北の山の遥か向こう』へ行く、という2人の夢を実現するための第一歩として、偵察飛行が行われている。
高度5000メートルまで上昇したが、北の山々はもっと高く聳えていた。
そこでハルトヴィヒは、設計者ならではの少々の無理を双発機『フジ』に強いて、更に高度を上げていったのだ。
その値、およそ6000メートル。
「…………」
「……」
「これ、は……」
アキラ、ハルトヴィヒ、そして同乗者のシャルルは絶句していた。
それというのも、6000メートルという高度から眺めた北の山々の奥には、更に高い山々がそびえていたからだ。
その標高、目視でおよそ1万メートル。
地球における最高峰であるエベレスト(あるいはチョモランマ、サガルマータ)の標高は8849メートル。
それよりも1000メートル以上高いことになる。
「……まだ、届かない、か……」
悔しさの滲む声が、ハルトヴィヒの口から漏れた。
「……北の山は、手強いな……」
アキラも、顔をしかめながら呟く。
シャルルは無言だ。
最も低い峠状の場所でも、今『フジ』がいる高度よりも高い。
およそ6500メートルくらい、とハルトヴィヒは目算した。
「あと一息だよな」
「え?」
手強いな、と言ったきり黙り込んでいたアキラが口を開いた。
「ついこの間、ようやく空を飛んだ飛行機が、もうこんな高みに来ている。だから、あとちょっとで、あの一番高い山をも飛び越えられるようになるだろうな、と思ったのさ」
「アキラ……」
「ハルトならできる。俺もできる限り協力するからさ」
「……うん、そうだな。この偵察飛行で、目標がさらにはっきりしたんだ、あとはその目標を目指すだけだ」
ハルトヴィヒの声に、力強さが戻った。
「アキラ、これ以上の高度を目指すのに、プロペラで行けるのか?」
「え?」
「教えてくれた推進器には、じぇっと? とか、ろけっと? なんていうのもあったじゃないか」
「……ああ、確かにな」
「それも教えてくれ!」
「わかった。戻ったら説明しよう」
即答するアキラ。
アキラとしても、プロペラではこれ以上の高度を自由に飛ぶのは難しいと感じていたのだ。
そして、ここまで洗練された機体を作れるハルトヴィヒたちなら、ジェットやロケットも作ってしまえるだろうなと信じることにしたのであった。
「降下するよ」
これ以上機体に無理はさせられないと、ハルトヴィヒは『フジ』を降下させることにした。
「うん、機体は大丈夫だな」
ハルトヴィヒは、無理をさせた機体を労りながら降下させていく。
十数分で『絹屋敷』が見える距離まで戻ってきた。
「ハルト、この後、何人かを乗せて飛べるかい?」
超高空まで行ってきたため、機体に無理がかかっていないか、アキラは確認した。
「大丈夫だよ。着陸後、30分ほど点検整備したいけど」
「わかった。……その後、ハルトたちの休憩も兼ねて、少し早いがお昼にしよう」
「ああ、それはいいな」
ということで、飛行場脇に立てた天幕の中に用意してあった昼食を食べることになった。
ハルトヴィヒとシャルルが機体のチェックをしている間に、昼食が用意される。
「ああ、美味しいですね。出先でこんな温かいものが食べられるなんて」
「携帯式のハルトコンロのお陰だよ。お湯も沸かせるし、簡単な煮炊きもできる。ハルトヴィヒ様々さ」
「大型飛行機ができたら簡易キッチンが欲しくなりますね、先生」
「……そうだな」
ハルトコンロの製作者であるハルトヴィヒは少々照れながらも頷いた。
ハルトコンロは酸素を消費しないので、密閉された機内でも使用可能なのだ。
が、そこに行き着くにはまだまだ道は長そうである。
* * *
『フジ』のチェックも済み、一般人を乗客として乗せてみる試験が行われることになった。
定員は4名なので、まずはアキラ、ミチア、タクミ、エミーの4人が乗ることになった。
タクミは8歳、エミーは4歳。
2人ともちゃんと言うことを聞いてシートに腰掛け、ベルトを締めていると言いたいが、……エミーはアキラの膝の上だ。
「小さい子供用のシートも必要だね」
「チャイルドシートってやつだな」
「チャイルドシートか。なるほどね」
アキラの言葉の意味を瞬時に理解し、次の課題に追加するハルトヴィヒ。
「それじゃあ、行きますよ」
一言声を掛け、ハルトヴィヒは『フジ』のエンジンを始動した。
「発進」
ブレーキをリリースすると、『フジ』はゆっくりと動き出す。
機体が重いことと、女子供が乗っていることを意識し、少しだけ加速を緩めるハルトヴィヒ。
なので、滑走距離が少々長くなる……が、『ファウラーフラップ』と『双発機』であること、そして広い滑走路に加え、緩やかな向かい風のお陰で、『フジ』はふうわりと離陸した。
「わあ! とんだ!」
「とんだー」
喜ぶタクミと、よくわからないまま真似をするエミー。
ハルトヴィヒは上昇角度も抑え気味にし、乗客に配慮する。
それでも数分で対地高度500メートルに達し、水平飛行に移った。
「わあ、すごいながめ」
「すごいー」
タクミとエミーは初めて見る景色に釘付けだ。
ミチアもまた、窓に顔を寄せている。
「これが空からの景色なんですね」
ミチアも顔が上気していた。
「何か気が付いたことはあります?」
ハルトヴィヒが尋ねる。
第一印象での感想はとても大事なのだ。
慣れてしまうと欠点を欠点と感じにくくなってしまうから。
「窓がもう少し大きいといいですね」
「なるほど」
操縦席と違って客席にはあまり大きな窓は付いていない。
高空で霜が付かないよう、断熱性の高い合わせガラスにしてあるため、重くなるからだ。
が、乗客を乗せるなら、その希望をできるだけ取り入れたい、とハルトヴィヒは思っていた。
そこで、いろいろと意見を聞きたかったわけだ。
「座席がちょっと硬いです」
「確かにそうですね」
「座席は窓よりに固定したほうがいいかもな」
「外が見やすいからか……わかった」
それ以外にも2、3の意見が出たが、それきりである。
「……それくらいかな……」
「わかった、ありがとう」
そしてハルトヴィヒは遊覧飛行に移る。
高度を1000メートルまで上げ、ド・ラマーク領内をゆっくり飛び巡るのだ。
「わあ、あれがみずうみ……」
「おやま、しろいね」
「いい景色ですね、あなた」
「ありがとう、ハルト」
アキラ一家は、心ゆくまでこの遊覧飛行を楽しんだのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2025年5月17日(土)10:00の予定です。




