第二十九話 冒険前夜
長距離飛行時のトイレ事情について、ハルトヴィヒはアキラの意見を聞いている。
「やはり、タンク式がいいんじゃないかな?」
「タンク式……か」
「少なくとも離陸時より重くなるはずはないんだから、着陸するまでタンクに溜めておけばいい。そしてタンクは使い捨てにできるようなら、その方がいいだろうし」
「なるほど、それも1つの考え方だな」
「高熱で焼却するのが一番清潔かな?」
さらにアキラは言葉を続ける。
「俺が知ってる旅客機のトイレってさ、確か負圧にして吸い込むんだよ」
「え?」
「ほら、空の高いところって気圧が低いから、客室内は与圧しているだろう?」
「そうだな」
「だから、タンク内の気圧は客室内より下げておくことで、自然に吸い込まれるようになっているらしい」
「なるほどな……」
「『フジ』の室内は与圧してあるようだから、外気圧によってはトイレから一気に空気が抜けるかも……」
「それは……気をつけよう」
「まあ、俺は仕組みを知っているわけじゃないから、詳しいことは言えないんだが」
「いや、参考になったよ、ありがとう」
「だといいんだが」
答えながらアキラは、こんなヒントでもハルトヴィヒならきっと形にしてしまうんだろうな、と思っていたのである。
* * *
「で、もう1つ相談したいことがある」
「何だろう?」
「魔力の残量計なんだ」
ハルトヴィヒは、どうしてそれが必要かをアキラに語って聞かせた。
「そうだよな、魔力がなくなりそうなら着陸しないとまずいものな……」
「何かいいアイデアはないかな?」
「……といっても、俺は魔法とか魔力のことはわからないからなあ」
「いや、きっかけというかヒントがあればいいんだ」
「そう、か……ああ、まず1つ。これは、魔力の残量とは別なんだが」
「なんだい?」
「『リザーブ』……『予備タンク』を積んでおくといいと思う」
バイクには大抵これがある(ない機種もある)。
メインの燃料タンクが空になった時、燃料タンク下のフューエルコックをリザーブにすることで、もう少しだけ走れるのだ(正確には別のタンクに切り替えるのではなく、より底の方の燃料取り入れ口に切り替えるのである)。
アキラも、学生の頃乗っていたバイクでガス欠を起こし、1度だけお世話になったことがある。
閑話休題。
バイクと飛行機とでは運用形態も構造も違うが、非常時の思想としては応用できそうである、とアキラは考えたのだ。
「なるほど、それは安全のためにも追加装備したいな」
ハルトヴィヒは大きく頷いた。
「で、魔力残量計のアイデアはどうかな?」
期待に満ちた顔で尋ねるハルトヴィヒ。
「うーん……魔力や魔法について理解していない者の考えだと念を押しておくぞ?」
「わかっているよ」
そしてアキラは幾つかの案を口にする。
「まずは、何らかの方法で魔力タンクの中の『魔力圧』とでもいうものを計る方法だな」
「うん、圧が少なくなれば魔力も減っているというわけだな」
「そうそう。……それから、中の様子を見られるなら、のぞき窓を作るとか、一部を透明素材で作るとか」
「なるほど」
ハルトヴィヒは聞き役に徹し、それは無理だとか難しいとか、余計なことは言わない。
なのでアキラは思い付くままにアイデアを口にできた。
「重さがわずかでも変わるなら、天秤ばかりのようなもので精密に計ってみればいいかもしれない」
「面白いな」
「魔力量で色が変わるような物質はないのかな?」
「うーん……」
「魔力タンクに魔力を充填してみて、抵抗みたいな特性は変わらないのかな?」
「時々充填してみて、その時の抵抗値で残量を知ろうというわけだね」
「そうそう。……抵抗値でなく、流れ込む魔力の量でもいいかも」
「なるほどね」
「何か、比較できる『原器』を用意して、それと比較するという方法はどうだろう」
「よくそんなことを思い付けるなあ」
ハルトヴィヒは感心している。
「あと……ああ、魔力を伝える線に、魔力の圧力とか量とかでなにか特性が変わる素材はないものかな?」
「ふむ」
「うーん……もう思い付かないや」
「いや、参考になった、ありがとう」
「素人考えが役に立つなら嬉しいよ」
これで話し合いは終わりとし、アキラは来客に寛いでもらうため、入浴してもらうことにした。
来客用の大浴場である。
もちろん、風呂場には『ハルト式ボイラー』が使われているし、その水も『太陽熱温水器』で加温されたものを使い、省エネに努めている。
ハルトヴィヒは、入浴しながらそうした工夫をシャルルに説明した。『ハルト式』という部分だけはできるだけカットして……。
「ド・ラマーク領は辺境だと思っていましたが、さすが『異邦人』が治める領地ですね。いろいろと進歩的です」
「そうだろう? むしろ王都の方が遅れている分野だってあるんだ」
「ここが発祥の地だというわけですから、ある意味当然ですね」
「公衆衛生に関しては、間違いなく国内随一だよ」
手洗い・うがい・殺菌消毒の概念が一般庶民にまで浸透しているから、とハルトヴィヒは言った。
「……そして、明日はいよいよ偵察飛行だ」
「先生も楽しみにしていましたからね」
「そうさ。そのために飛行機を開発したと言っても過言じゃないからな」
「でも、そうした高い目標を立てて、それが叶えられるというのはすごいことだと思いますよ」
「そうだな。アキラのおかげだよ」
そしてもちろん、ハルトヴィヒの努力あってこそなのだが、自画自賛は照れくさいので口にしない。
が、シャルルは当然気が付いており、この師に巡り会えた幸運を噛み締めていた。
* * *
夕食は王国風の献立で、(『絹屋敷』としては)豪華なものとなる。
ド・ラマーク領の夜は静かに更けていく……。
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次回更新は2025年4月26日(土)10:00の予定です。




