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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
ちょっと長めのプロローグ
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第四話 新生活

まだ虫は出ません、ご安心ください?

 この世界には『時計』があった。

 これも過去の『異世界人』……『異邦人エトランゼ』とこの世界では呼んでいる人がもたらしたという。

 とはいえ、腕時計や置き時計ではなく、かなり大きな『柱時計』である。そう、『おおかみと七ひきの子やぎ』で、末っ子が隠れた時計のように大きな。

 動力はゼンマイではなくおもりであったが。


 午前6時。

「おはようございます。アキラさん、いいお天気ですよ」

 ミチアに起こされてアキラは目覚めた。

「……もう朝か」

 夜型の学生生活をしていたアキラにはかなり辛かったが、世話になっている身としては起きないわけにはいかない。


 庭の端にある井戸で顔を洗い、1日分の水を汲んで水瓶に貯める。

「手伝っていただいてありがとうございます」

 釣瓶があるとはいえ、なかなかの重労働だった。


 午前7時半、朝食。

 『蔦屋敷』の主、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵の食事が済むと、ミチアたちメイドやセヴランたち家宰・執事の食事である。


 アキラの分はミチアが『離れ』まで持ってきてくれた。

「わざわざ悪いな」

 とアキラが言うと、ミチアは『お客様なんですからお気になさらなくて結構ですよ』と言ってくれたが、そこはやはり気になる。

 昼は一緒に食べようと言おう、と心に決めたアキラであった。


 食事が済むと、使用人たちは食事の後片付けや館の掃除、昼食の仕込み、庭の手入れなどで忙しいが、アキラは特にすることもないので、書斎にあった本を読んでみたり、庭を散歩してみたりする。

「ああ、この木はカエデかな? こっちは……ウメか? モモか? 同じような木もあるにはあるんだな」

 ハーブ園を眺めてみたが、そちらについての知識はほとんどないので見分けがつかない。だが、シソに似たハーブだけは辛うじてわかった。


「あ、アキラさん」

 さらに庭を回っていると、ミチアたちが洗濯物を干していた。

「やあ、ミチア」

「アキラさん、これが済んだらそちらへ伺おうかと思っていたんですけど」

 すると、同僚のメイドが一斉にアキラの方を見た。

「え? 昨日お見えになったお客様ですか?」

「ミチアがお世話するように、と大旦那様に仰せつかったんでしょう?」

「ここはもういいから、お行きなさいな」

「え、でも……」

「ほらほら、行った行った」

 同僚たちに押し出されるようにしてミチアはアキラの前へ。

「え、ええと……」

 なぜか少し赤面するミチア。

 アキラも頭を掻きながら、

「そ、それじゃあ、周辺を案内してもらえるかな?」

 と頼んだ。

 背後ではメイドたちが、きゃあきゃあと何やら噂話をしていた。


「このお屋敷は、リオン地方の外れにあります。北には綺麗な森が広がっていまして、アキラさんがやってきたのもその森の方からですよ」

「なるほど、そうなんだ」

 アキラは北を眺める。ここからだと、鬱蒼と茂る森林と、そのさらに向こうになだらかな山が見えていた。

「あの時、太陽の方向に向かって歩いて正解だったんだなあ」

 もし太陽を背にして歩いていたら、さらに森深く迷い込んでいただろうと考えると、背筋に冷たいものが流れた。


「リオン地方って、具体的にはどんな所なんだろうか?」

 この質問に、ミチアは少し考え込んだ。

「……そうですね……中心になるのはリオン市ですね。リオン市はガーリアでも屈指の大都市だそうです。私、リオン市以外知らないので伝聞ですけど」

「うん、それでもいいよ。続けてくれるかい?」

「は、はい。ええと、中心はリオン市ですが、郊外には田園や牧場などもあるんです」

「なるほど。するとこのあたりはリオン地方の北外れとなるのかな?」

「あ、そうです。よくおわかりになりましたね」

「いや、何」


 そのままアキラは屋敷の周辺を案内してもらう。

「このあたりは小動物と鳥くらいしかいませんので安心ですが、森の奥には熊や狼が出るらしいですので気をつけてくださいね」

「そ、そうなんだ」

 改めて運がよかったことを天に感謝するアキラであった。

「屋敷の近くにはクランベリーやマルベリーの木があって、季節になると摘みに行くこともあるんです。ジャムにすると美味しいんですよ」

「へえ。ミチアは詳しいんだな」

「それほどでも。こういう所で働いていますと自然に覚えるんですよ」

「そういうものかな」

「そういうものです」


 2人は屋敷の西側へ回り込んだ。

「ほら、向こうが麦畑です」

「おお、これは綺麗だ」

「でしょう?」

 折から、金色に色づいた麦が収穫を待っているようだった。

「明日あたり、村人総出で刈り入れだと思います」

 晴れた空を仰いでミチアが言った。

「この地方の産業は麦、ということかい?」

「はい、そうなりますね。もう少し何かあると、暮らしも楽になるんですが」

 その言葉は少し残念そうだった。

「さっき言ってたジャムは駄目なのか?」

「家庭で楽しむくらいですね。お砂糖が高価なので、産業とするのは難しい、と大旦那様が仰ってました」

「そうか……」


 そして2人は屋敷へと戻ってきた。

「東側には小川が流れているんですが、それはまた今度にしましょう。もうお昼ですから」

「ああ、もうそんな時間か」

 ミチアは時計がなくても太陽の位置で大体の時刻がわかる、と言って笑った。


 戻ってくると、いい匂いが漂っている。

「パン焼き窯でパンを焼き終わったようですね。まずは大旦那様のところへお運びしてから、アキラさんはお客様ですからその後ですね」

 メイドたちがレンガ造りのパン焼き窯から出来たてのパンを取り出していた。

「さきほどお話ししたジャムで食べてみます?」

「ああ、いいね」

「ふふ、それじゃあ準備しますね。離れで待っていてください」

 そう告げてミチアは仲間たちの所へ駆けていった。アキラはゆっくりと離れへ戻る。


 少し待つと、トレイにパンとコップを載せ、ミチアがやってきた。

「お待たせしました」

 ダイニングのテーブルにトレイが置かれる。

「ジャムはマルベリーとクランベリー、ラズベリーの3種類をお持ちしました。どうぞお試しください」

「これは美味しそうだ。……ミチアも一緒に食べよう?」

 と、朝の決心を口にした。

「いいえ、私たち使用人は一番最後です」

 だがアキラは、

「俺の世話をしてくれる、というのなら一緒に食べよう。その方が美味しく食べられるから」

 と宣言した。ミチアは目を丸くしたが、やがて微笑んで、

「ありがとうございます、アキラさん」

 と言って、自分の分を取りに戻って行ったのである。

お読みいただきありがとうございます。

次回の更新は2月10日(土)を予定しております。

そろそろ養蚕の話が始まりそうです。

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