第十七話 それぞれの発展
ようやく暦は夏の盛りを少し過ぎたが、まだまだ暑い日は続いている。
とはいえ北の地ド・ラマーク領では、朝晩はだいぶしのぎやすくなった。
養蚕も『夏蚕』が終わり、『秋蚕』の飼育が始まっている。
クワの葉はすっかり育ちきり、硬くなっているため、若い幼虫には春に摘んで保存しておいた若葉を食べさせるという工夫もされていた。
「硬い葉を食べる音って響くんだよなあ」
蚕がクワの葉を食べる音、『蚕時雨』。
軟らかい葉より硬い葉、そして蚕が大きくなればなるほど響くようになる。
その『蚕時雨』を聞きながら、アキラは各蚕室を見回っていた。
* * *
『い草』もすでに収穫を終え、乾燥・選別も済んでおり、あとは織って畳表にするばかり。
ちなみにはねられたい草(主に短い、という理由で)は、細工物に利用する。
い草作業も軌道に乗り、年々生産量が増していた。
* * *
王都でも、飛行機作りは佳境に入っていた。
「やっぱり、形ができてくるとやる気が出ますね」
「まあ、否定しないよ」
「焦ってミスをしないようにね」
「はい、先生」
ハルトヴィヒ、アンリ、シャルル、レイモンら4人が中心になって組み立てを行っていた。
それに加え、自動車研究室からルイ・オットーも手伝いに来ているので、作業は捗った。
「今度の飛行機は一品物なんですよね?」
「基本そうなるな」
この場合、『1機しか作らない』という意味ではなく、『量産品とは異なり、1機1機手作りしている』というくらいの意味である。
「我々の技術の集大成のつもりだよ」
「完成が楽しみですね」
向上心と情熱をもって、5人は飛行機を製作していくのだった。
* * *
「今週は先週のおよそ倍の量を送ることができるな」
「はい、閣下」
ド・ルミエ領では、アルミニウムの増産体制が整い、右肩上がりに出荷量が増加していた。
王都までは馬車で運ばれるので時間が掛かる。
とはいえ出荷されたアルミニウムの第1便、第2便はすでに到着しており、様々な用途に使われ始めていた。
わかりやすい用途として、最初はアルミニウム製の鍋が作られた。
アキラがアルミニウムの用途の一例として書面で提出した案の中から選ばれたのである。
純アルミを使い、表面は魔法により酸化処理が行われ、アルマイトになっている。
これは王城の厨房で使われ、料理人たちはその軽さに驚き、重宝していた。
そして、国内産のジュラルミンも生産され始めており、それは優先的に飛行機部門へと回された。
そして僅かではあるが自動車部門にも……。
「近いうちに、全部国内産の素材で作れるようになるでしょう」
とは、金属工業部門の管理者の言葉である。
ちなみに、この功によって、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵は勲章を授与されることになるが、それは翌年のお話。
* * *
再びド・ラマーク領。
「今日もいい天気だな」
連日晴天が続き、『絹屋敷』裏の『プール』に水を汲むのも一苦労するようになってきた。
わかりやすく言うと、水不足の傾向が現れてきたのである。
とはいえ、北の山からの伏流水があるので、渇水には至らないだろうというのがアキラたちの見込みである。
だが湧き水の量が減り、井戸の水面が少し下がってしまったため労力が余計に必要になっている。
「うーん……なぜ井戸の水面が下がったんだろう?」
アキラは考えてみる。
地下水は『被圧地下水』と『不圧地下水』に分けられる。
『被圧地下水』はその上下を水を通しにくい難透水層で挟まれた状態で帯水している地下水。
一方、『不圧地下水』は不透水層が上部にない地下水で、地下水面と呼ばれる地下水位があって、降雨などにより水位は変動し、渇水期になると井戸が涸れることもある。
アキラたちが使っているのは『不圧地下水』、つまり『浅井戸』である。
「つまり、地下水が減っているわけか……」
最近、使用量が増えたからな、とアキラは考える。
「このまま地下水に頼りすぎると、地盤沈下を起こすかも……いや、それはないか」
現代日本でも、都市部がこの問題を抱えている。
地下水を大量に汲み出した結果、地下水のある場所……『帯水層』の圧力が減り、その上に乗っている地盤が沈下する現象である。
が、これは『被圧地下水』を汲み上げる『深井戸』の場合であり、アキラたちが使っているのは『不圧地下水』、つまり『浅井戸』のため、使い過ぎても渇水こそすれ地盤沈下は起きない。
「使い過ぎだとすると、早めに貯水池と水路を準備したほうがいいかもしれない」
財政に余裕ができている今なら、そうした工事も可能である。
逆に先延ばしにした場合、突然の断水で産業が駄目になる可能性だってあるのだ。
それには費用が掛かる。
「『絹屋敷』の新築はもう少し先になるけど」
夕食時、アキラは家族に説明した。
「領主ですもの、やるべきです。家はまだまだ住めますから」
愛妻ミチアはそう言って微笑んだ。
「ぼくも、このうち、すきだよ」
「あたしもー」
タクミとエミーもまた、今のままでいいと言ってくれた。
「そうか、みんな、ありがとうな」
アキラは領主として頭を下げたのである。
* * *
「……というわけで、山の上の湖から領内へ水を引く水路を作る。同時に溜め池……貯水池も掘るぞ」
「それで皆の暮らしが楽になるんでしたら、やりやしょう」
「おうよ!」
「ちゃんと日当も出すからな?」
「ならなおさらでさあ。自分たちの暮らしを自分たちでよくする。やりがいがありますぜ」
「うん、その意気だ」
実は、飛行場を作った土木工事技術者のティーグル・オトゥールが、ド・ラマーク領に居を構えており、そちらの計画を立ててくれているのだ。
「冬が来る前に1次工事を終わらせられると思います」
「頼む」
ド・ラマーク領のさらなる発展をもたらすであろう土木工事が始まろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2025年1月25日(土)10:00の予定です。
20250118 修正
(誤)『1機1機手作りする量産品ではない』というくらいの意味である。
(正)『量産品とは異なり、1機1機手作りしている』というくらいの意味である。
20250209 修正
(旧)
アキラは考えてみる。
井戸の水面は『地下水面』と呼ばれ、地下水の圧力と大気圧とがつりあう水平面である。
「つまり、地下水の圧力が減っているわけか……」
最近、使用量が増えたからな、とアキラは考える。
「このまま地下水に頼りすぎると、地盤沈下を起こすかもしれないな」
現代日本でも、都市部がこの問題を抱えている。
地下水を大量に汲み出した結果、地下水のある場所……『帯水層』の圧力が減り、その上に乗っている地盤が沈下する現象である。
「早めに貯水池と水路を準備したほうがいいかもしれない」
(新)
アキラは考えてみる。
地下水は『被圧地下水』と『不圧地下水』に分けられる。
『被圧地下水』はその上下を水を通しにくい難透水層で挟まれた状態で帯水している地下水。
一方、『不圧地下水』は不透水層が上部にない地下水で、地下水面と呼ばれる地下水位があって、降雨などにより水位は変動し、渇水期になると井戸が涸れることもある。
アキラたちが使っているのは『不圧地下水』、つまり『浅井戸』である。
「つまり、地下水が減っているわけか……」
最近、使用量が増えたからな、とアキラは考える。
「このまま地下水に頼りすぎると、地盤沈下を起こすかも……いや、それはないか」
現代日本でも、都市部がこの問題を抱えている。
地下水を大量に汲み出した結果、地下水のある場所……『帯水層』の圧力が減り、その上に乗っている地盤が沈下する現象である。
が、これは『被圧地下水』を汲み上げる『深井戸』の場合であり、アキラたちが使っているのは『不圧地下水』、つまり『浅井戸』のため、使い過ぎても渇水こそすれ地盤沈下は起きない。
「使い過ぎだとすると、早めに貯水池と水路を準備したほうがいいかもしれない」
*地下水と井戸の関係が深井戸と浅井戸でごっちゃになっていました……。




