第十四話 カジリ
『夏蚕』も4齢となり、クワの葉を食べる音……『蚕時雨』が賑やかに響くド・ラマーク領。
日差しも日ごとに強くなり、夏はもうすぐそこまで来ていた。
「暑くなったなあ」
「で、やんすね、旦那」
「ちゃんとエアコンを使ってくれよ? お蚕様は暑すぎても寒すぎても具合が悪いんだから」
「へい、わかってまさぁ」
全ての『蚕室』には『ハルト式エアコン』が完備されているので、そこらの家屋よりも環境はいいのだ……。
* * *
「暑くなってきたな、窓を開けてくれ」
「はい、あなた」
「網戸も忘れずにな」
「はい、大丈夫です」
『絹屋敷』にあるアキラの執務室は採光を考えて南東側にあるので、夏は少々暑い。
なので窓を開けるのだが、今度は虫が入り込んでくる。
そこで『網戸』である。
麻を使った目の粗い織物を張った窓枠を別途はめ込むことで、風は通るが虫は侵入できないわけである。
さらに、網を構成する糸を黒くすることで、外が見やすくなっている。
この網戸は、お隣のド・ルミエ公爵領でも好評だった。
もちろん王都には2年前に技術供与済みである。
* * *
「今年もこの季節になったか。だが、網戸は涼しくてよいな」
執務室で書類に目を通しながら、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵は愉快そうに笑った。
「はい、閣下」
家宰のセヴランも頷き、天井を見上げる。
そこにはゆっくりと回転する扇風機が付いていた。
昭和の頃に普及していた、『天井扇風機』である。
空気を循環させることで室内の温度分布を均一にならし、結露も防止できる。
ちなみに、夏と冬で風の向きを変えるとより快適になる。
夏は下向きに風を送ることで身体を冷やす。
冬は上向きに風を送ることにより暖房の上昇気流を阻害せずに空気を循環させることで、結局は暖かい空気が床に届くことになるわけだ。
冷暖房の効率がアップするというわけである。
蛇足ながら、書類が吹き飛ぶような風量は送っていない。
* * *
一方王都では、風速10メートルの風が吹き荒れていた。
といっても『風洞』での話である。
「うーん、力が加わると途端に動きが悪くなるな……」
『ファウラーフラップ』の動作試験が行われているのだ。
着陸時の目標速度は時速70キロ。
その速度でも十分な揚力が得られるような設計をしなければならず、今の課題はファウラーフラップである。
ファウラーフラップはスライド式にせり出すフラップで、揚力の増加に大きく寄与する。
短距離で離着陸するためには欠かせない機構であった。
フラップをせり出させるためのジュラルミンを多用したスライド機構は、工場でのテストでは正常に動作するのだが、風洞に持ち込んで動作試験を行うと時折引っ掛かるような動きをしてしまう。
そのような動作の後、スライド機構部を見てみると、接触面が荒れているのだ。
これでは信頼性が低すぎて使い物にならない。
特に着陸時、動作不良を起こされたら、『高揚力装置』としての機能を果たさないため、失速して墜落という事態にもなりかねないのだ。
実験機のチェックを行う技術者たち。
「……原因は、『カジリ』だな……」
「かじり、ですか」
『携通』の資料に、3行ほど載っていた現象ではないかとハルトヴィヒは見当をつけたのだった。
カジリとは、金属同士が『高圧』で押し付けられつつ『動く』ことで、発生した熱により金属表面が軟らかくなって一体化。それを無理やり引き剥がしたために生じる接触面の『荒れ』である。
アルミニウムやステンレスで起きやすいと言われる。
対策としては表面研磨、潤滑などの他に、『同種金属を使わない』『硬質めっきを施す』などもある。
「試しに、青銅製のブッシュをかませてみよう」
青銅は銅と錫を主成分とする合金で、現代日本では軸受やブッシュにも使われる。
アルミニウム合金よりかなり重いが、小さな部品なので重量増加は誤差範囲である。
ファウラーフラップは、ジュラルミンの部材に細長く空けられた『レール』の内部を、フラップの軸がスライドする構造になっている。
その『レール』の穴を少し広げ、フラップの軸に青銅製のブッシュをはめ込んだのだ。
改造に要した時間はまる1日。
「さあ、どうかな?」
翌日、風洞で再度試験が行われた(工場での動作試験は問題なし)。
まずは風速5メートル(時速18キロ)からスタート。
動作に問題なし。
風速10メートル(時速36キロ)。問題なし。
「おお、いいですね、先生!」
「うん、ブッシュの効果は大だな!」
そして、風速20メートル(時速72キロ)。ほぼ想定した速度域である。
これもまた、問題なし。
「やったな……!」
「あとは耐久試験ですね」
「そうなるな」
数回の使用で故障してしまうようでは、危険で使えない。
ハルトヴィヒたちは、風速20メートルでの風圧に耐えるかどうか、試験を繰り返していく。
また、風を受ける角度を変えての試験も行う。
さらに、風速を上げて(=負荷を増して)の耐久試験も……。
そうして、試験を繰り返すこと1週間。
「これなら大丈夫だ!」
「できましたね、先生!」
100回を超える動作試験でも、一度も動作不良を起こさなかったのである。
また、風速30メートル(時速108キロ)でもカジリは生じなかった。
「一番難しい部分はクリアしたな」
残る機構は既存技術の延長線上にあるため、難易度は下がる。
「これでいよいよ新型機の製作ができますね」
「うむ、頑張ろう」
「はい!」
王都にも、暑い日々が訪れようとしていた……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2025年1月11日(土)10:00の予定です。
今年一年、お読みいただきありがとうございました。
来る年もどうぞよろしくお願いいたします。
20241221 修正
(誤)麻を使った目の荒い織物を張った窓枠を別途はめ込むことで
(正)麻を使った目の粗い織物を張った窓枠を別途はめ込むことで
(誤)冬は上向きに風を送ることで、暖房の上昇気球を阻害せずに空気を循環させることで、
(正)冬は上向きに風を送ることにより暖房の上昇気流を阻害せずに空気を循環させることで、




