第十話 日々の研鑽と効果
ド・ラマーク領では、いよいよ本格的な春を迎え、農作業が忙しくなってきた。
昨年よりも面積を増した田んぼの代掻きも始まっている。
クワの木も若葉をいっぱいに広げ、5齢となった蚕の食欲を満たしてくれている。
野山にも野草・山菜が芽吹き、領内の子どもたちはそれらを摘むのに忙しい。
アキラの家でも、今夜は山菜……アカザ、ワラビ、ノカンゾウのおひたしである。
「リリアといっしょにとってきたんだよ」
「うん、おいしいよ。タクミ」
「へへー」
「にぃにといっしょにいきたかったの……」
ちょっと不満そうなエミー。お兄ちゃん大好きなのだ。
「まだエミーには無理かな。来年になったらみんなで行こうな」
「はぁい……」
アキラに諭され、渋々ながら頷くエミーであった。
タクミは今年8歳、小学校でいえば2年生相当。
エミーは4歳、まだ幼稚園年少組相当である。
せめて5歳になってから……と、アキラもミチアも思っていた。
「旦那様、そういえば、裏山にもうウドが出始めていました」
「ウドか……いつ頃がよさそうかな?」
「来週くらいがちょうど食べ頃かと」
「よし、それじゃあ来週の休みに、みんなで裏山へピクニックに行こう」
そしてウドも採取してこよう、とアキラは言った。
「わあい」
「わーい」
喜ぶ子どもたちの顔を見て、ほっこりするアキラとミチアであった。
* * *
「そうか、鉱山の本格稼働は夏の初め頃になるか」
ド・ルミエ侯爵領では、ボーキサイト鉱山の開発が始まっていた。
まずは拠点となる飯場の準備。事務所や簡易宿泊所、救護所などを併設することになる。
そして掘り出した鉱石を一時溜めておくスペースが必要であるし、ズリ(使えないクズ鉱石)を捨てる場所も必要になってくる。
そして何より、人間が行き来し、食料や鉱石を運ぶための道路も必要だ。
それらが整うのが夏の初め、つまり2ヵ月後くらいになりそうだということである。
「鉱毒に代表される環境汚染は絶対に避けるように」
「は、閣下」
アキラから、過去の地球で起きた公害問題を聞かされていたフィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵は厳命したのである。
* * *
王都では、新人パイロット候補生が3人加わり、日夜訓練に明け暮れている。
ゲルマンス帝国からの技術者2名も、今では先輩パイロットとして指導することもある。
「先輩、旋回の時、どうしても機体が流れてしまうんですが……」
「それは、ラダーをうまく使わないからだよ」
「それがよくわからないんですよ……」
「どうして?」
「だって、ラダーだけでは旋回できないじゃないですか」
飛行機の旋回に大きく寄与するのは『補助翼』である。
『方向舵』という名が付いているのに、『方向舵』はあくまでも補助的な役割なのだ。
「うーん……役割を考えてみてくれ。ラダーはどう働く?」
「一番は、機首の向きを変えますね」
「そうだ。それが重要なんだよ」
『方向舵』の真の意味は、進行方向ではなく『機首の方向』を変える働きを持つこと。
ごく小さな模型ならともかく、大きな実機の場合、機首の向きが変わっても、慣性のため進行方向はほとんど変化しない。機体の向きが斜めになったまま元々の進行方向へ進もうとするわけだ。
このため、大きな旋回しかできない。
そこで、旋回力を生じさせるために『補助翼』を使って、曲がりたい方向へと機体を傾ける。
そうすると機体は傾いた方向へ横滑りを起こそうとし、これが『求心力』となって旋回を始めるわけだ。
この時、傾いた分だけ主翼で発生する揚力が減るので、昇降舵を使って機首を少し上げ(主翼の迎え角を増やす)、それによって増えた抗力に対抗するためエンジン出力も少し上げる。
さて、方向舵である。
旋回の際、外側の主翼は回転半径の関係もあって内側の翼よりも速度が高い。つまり空気抵抗が大きい。
すると、旋回したい方向とは逆に機体の向きを変えようとする力が生じる。
自動車のコーナリングで言う『オーバーステア』『アンダーステア』に近い現象であろう。
これを打ち消すために『方向舵』を使うのである。
自動車でいう『カウンターステア』に相当する。
「あ……なるほど……」
「先輩の説明で、なんだかわかった気がします」
と、こんな具合である。
* * *
一方ハルトヴィヒは、『二重反転式エンジン』の開発に勤しんでいた。
帝国からもたらされた『過去の異邦人覚書』にもスケッチが載っていたが、そちらはレシプロエンジン用だったため、あまり参考にはならなかった。
その代わり、機体構造やパラシュートの畳み方などもスケッチを残してくれていたため、非常に参考になった。
話がそれるが、『落下傘』については実用化レベルにこぎつけている。
これも、絹の供給量が増えてきたおかげであった。
ただし、まだまだ十分な数は揃わないため、各パイロットに1つというわけにはいかず、飛行機に乗る際に貸し出されるという形を取っている。
これも、今年度中にはなんとかしたいと関係者は考えているが……。
話を戻し、『二重反転式エンジン』の開発は、まずまず順調だった。
軸受も、推進力を受け止められる『スラストベアリング』を従来の『ラジアルベアリング』と併用。
ちなみに、軸受の半径方向(軸に対して垂直)に掛かる荷重をラジアル荷重、軸方向に掛かる荷重をスラスト(あるいはアキシャル)荷重という。
「この『スラストベアリング』のおかげで、エンジンの効率がさらにアップするな」
これもまた、『帝国』の協力ということになる。
なんだかんだ言って、『過去の異邦人覚書』はそこそこ役に立っているようだ。
* * *
そして、『自動車』が実用化されたことで、王都周辺の主要道路の砕石舗装が始まっていた。
周辺地域から工事人夫が雇われ、雇用の増加は経済の活性化を促していく。
道路の整備により物流が活発になり、さらに経済の伸びが加速する……。
王国の経済的発展の始まりであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月30日(土)10:00の予定です。
20241123 修正
(誤)塾受けも、推進力を受け止められる『スラストベアリング』を従来の『ラジアルベアリング』と併用。
(正)軸受けも、推進力を受け止められる『スラストベアリング』を従来の『ラジアルベアリング』と併用。
(誤)『過去の異邦人覚書』はそこそこ役に立っているようだ
(正)『過去の異邦人覚書』はそこそこ役に立っているようだ。




