第八話 ボーキサイト
「おお、アキラ殿、よく来てくれた」
「閣下、ご無沙汰しております」
とある春の日、アキラは久しぶりに『蔦屋敷』を訪れ、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵に面会していた。
前侯爵の執務室には、春の日が差し込んで明るい。
「何かご用があると伺いましたが」
「うむ、そうなのだ」
前侯爵は頷き、テーブルの上に木のトレイを置いた。
そこには、乾燥した泥のようなものが入っている。
「先日、領内の山が雪崩で削られてな。そこに、このような地質が顔を出したのだ」
「そういうことでしたか」
「たまたま滞在していた魔法鑑定士に見てもらったら、『未知の金属』を多く含んでいる、と言われたのだ」
「未知の金属ですか?」
「うむ。間違いなくそう言った。が、儂は、これはアルミニウムの原料ではないかと思うのだ」
アキラも前侯爵も、今年の王都滞在時にアルミニウムを見、その原料であるボーキサイトも見ている。
それに酷似しているのでアキラを呼んだのだという。
「俺も鉱石には詳しくないですが、どうやらこれはボーキサイトで間違いないようです」
実は、ボーキサイトは単独の鉱物ではない。
アルミニウムの鉱石には違いないのだが、石というよりは『粘土が固まったもの』のような形態である。
主成分は水酸化アルミニウムで、『ギブス石』『ベーム石』などの混合物である(携通調べ)。
「うむ、それなら、帝国に依存せず、我が国でアルミニウム産業を興せるな!」
「埋蔵量も気になりますが」
「それは確かにな。今、鉱山に詳しい者に調べさせている」
「そうですか。……埋蔵量が豊富なら、王都へ報告した方がいいですね」
「我が領内の新たな産物になるからな」
それが判明するのはあともう少しだけ先であろう……。
* * *
一方、ド・ラマーク領では、堅実に養蚕が進められている。
『春蚕』は『眠』を経て2齢となり、蚕らしい色になった。
そして新しいクワの葉をもりもり食べている。
「順調です」
「うん、この調子で頼む」
前侯爵のところから戻ったアキラは領内の『蚕室』を見回っているが、どこも問題なく飼育が進んでいた。
「気温が上がり過ぎないよう換気も忘れずにな」
「はい、心得ております」
ド・ラマーク領の養蚕は順調である。
* * *
王都にて。
量産機『エトワール1』の1号機が完成した。
「それじゃあ、俺が試運転をする」
くじ引きで決まったテスト操縦士は、ゲルマンス帝国の技術者、マンフレッド・フォン・グラインだった。
飛行場までは最新型の運搬用トラックで運んだ。
立ち会うのはハルトヴィヒ、シャルル、レイモン、アンリら開発関係者と、ゲルマンス帝国からの技術者仲間であるヴァルター・フォン・ベルケ。
それに飛行機工廠の関係者たちである。
念入りな機体チェックのあと、マンフレッドは『エトワール1』に乗り込んだ。
「それでは、行ってきます」
「気を付けてな、フレッド」
「ああ、任せておけ、ルター」
友人同士の簡単なやり取りの後、『エトワール1』のエンジンが起動した。
「うん、いい音だ。バランスも問題ないな」
エンジン開発者のハルトヴィヒは満足そうに頷いた。
そして『エトワール1』はゆっくりと滑走を始めた。
滑走路の3分の2ほどで離陸。そのまま、20度ほどの角度で上昇していく。
「おお、安定しているな」
微風であることも影響し、飛行姿勢は安定している。
十分な高度を取ると、マンフレッドは『エトワール1』を水平飛行にもっていった。そして緩い右旋回を行う。
「うん、左右の安定性もいいな」
「操縦性も悪くなさそうです」
「お、水平8の字飛行を行うようですね」
右旋回の後、左旋回に転じる『エトワール1』。
「下から見ている限りでは、左右の旋回性に癖はなさそうだな」
「そうですね。風洞実験でタブの調整量をシミュレートしたのが当たってますね」
単発機の場合、プロペラの回転方向と逆方向に回転力が発生する。
これはプロペラの回転に対する反作用で、機体を一定方向に傾けようとする。
その方向はプロペラの回転方向の逆なので、通常は左に傾く(エンジンは操縦士から見て時計回り(右回転)しているから)。
すると機体は左旋回をしようとするので、それを補正するため、方向舵や昇降舵に小さなタブ(調整用の小さな舵面)を設け、折り曲げて補正をしている。
十分な時間、テスト飛行を行った『エトワール1』は着陸。
すぐに各部チェックが行われた。
「フレッド、どうだった?」
技術者仲間のヴァルターが尋ねた。
「うん、扱いやすい感じがしたな。左右の旋回の癖はほとんどない。タブの補正量が適切だったみたいだ」
「そうか、それは何よりだ」
* * *
30分かけて各部チェックを行い、異常がないことが確認された。
いよいよ最高速や最高高度のテストが行われる。
「今度は俺だ」
テストパイロットはヴァルター・フォン・ベルケに交代。
「行ってきます」
「気を付けてな」
機上から敬礼を行ったヴァルターは『エトワール1』を発進させた。
今度は45度ほどの急角度で上昇していく。
「おお、いい感じだな」
「見たところ『ヒンメル3』よりも性能は上だな」
「まあ、そういう風に設計したわけだが」
『エトワール1』はぐんぐん高度を上げ、やがて豆粒ほどにしか見えなくなった。
「ざっと、高度600メートルってところか」
「最高速試験を行うようだな」
「性能は申し分なさそうだ」
20分ほどでヴァルターは着陸。
結果として、最高速度は時速270キロ、上昇高度は1000メートルを超えることがわかったのである。
量産機『エトワール1』は大成功であった。
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次回更新は11月16日(土)10:00の予定です。




