第六話 春を迎えて、彼らは今
ド・ラマーク領に早い春が訪れ、庭のマツユキソウ(スノードロップ)が咲き始めた。
「私、このお花好きです」
「俺もさ」
「ぼくもです」
「あたちもー」
アキラ一家は揃って庭の花を愛でていた。
「この花には伝説があってね」
「ちちうえ、どんなのですか?」
「おしえてー」
「私も聞きたいです」
「よしよし」
タクミとエミー、そして愛妻ミチアにせがまれて、アキラは自分の知っている伝説を話し始めた。
昔々、雪には色がありませんでした。
それで雪は神様に、色を付けてくださいとお願いしました。
すると神様は、花に頼んでみなさいと仰ったのです。
そこで雪は、地上の花々に頼んで回りました。
しかし花たちは、地上を凍てつかせる雪に対していい感情を持っていなかったので、色を与えることを断ったのです。
しかし、スノードロップだけが、自分の色を分けてあげようと言ってくれました。
それで雪は、純白の色をまとえるようになったのです。
そのため、スノードロップの花言葉は『まさかのときの友』といいます。
「……と、確かこういう話なんだ」
「いいお話ですね。このお花が、ますます好きになりました」
「ぼくも!」
「あたちもー」
早春の日だまりでのんびり寛ぐアキラ一家。
クワの若葉が芽吹き、養蚕を開始する季節まで、あと少しである。
* * *
一方、王都ではもう早春ではなく、リンゴの花が満開となる春が始まっていた。
郊外では、春の訪れを楽しむ家族連れや、散策をする若者たちもちらほら見かけるようになった。
同時にこの季節は南から暖かな風が吹き、『凧式練習機』にとって絶好のときである。
「また5人、練習生がやって来たようだね」
訓練場に集まった若手を見て、ハルトヴィヒが言った。
「もう指導教官は私たちではないんですね」
そう返したシャルル・ボアザンは少しだけ寂しそうであった。
そんなシャルルにハルトヴィヒは、
「いやいや、君たちには新型飛行機の設計と製作という大任があるだろう?」
と告げる。
「はい、そうですよね!」
最初期の技術者たちはもうベテランと言われる領域になり、王国の飛行機産業を推進していく立場になっていた。
「……で、設計はどうだい?」
「はい、いきなり全金属製は不安がありますので、要所要所にジュラルミンを使う方向で進めています」
「うん、いいと思う。僕の方も、エンジンのケーシングをジュラルミンに変更しているところだ」
「軽くなるでしょうね」
「半分以下になるはずだよ」
軸の回転による摩擦熱以外に発熱要素がないため、『ハルト式回転盤エンジン』は耐熱性の低いアルミ合金でも問題なく製作できるのだ。
「あとは回転盤だ」
これに関しては重いほうがいいのか、あるいは軽いほうがいいのか、実験中である。
「重いと回転数が安定するが、加減速は鈍いだろうな」
「そうですね……軽いと吹き上がりがよさそうです」
「うん」
回転円盤を魔法によって加速させているので、重さはあまり出力に関係ない。
ハルトヴィヒとしてはレスポンスがよくなったほうがいいだろうと考えている。
「特に自動車用はレスポンスが重要だろうな……まあ、幾つか重さを変えた円盤を作って実験するしかないな」
手間は掛かるが、確実である。
そして、機体の使用箇所の検討も進んでいる。
「やはり、長い部品を優先しよう」
「それが一番だな」
「長いといえば、主翼の翼桁だな」
「まずはそこだな。あとは胴体の主桁か」
「その2つが最優先だろう」
長い構造材は、木材の苦手とする分野である。
金属なら溶接が可能だが、木材はそうもいかない。
また、金属なら加工次第で長い部材を作れるが、木材は自ずと限界がある。
そして、航空機に使う上で大きな欠点として、密度(あるいは比重)と強度が一定ではないという点が挙げられる。
密度の差は機体のバランスを崩すし、強度が一定しないということは量産の妨げになる。
ゆえに、まずはそうした部材をジュラルミンで作ろうというわけだ。
* * *
アルミニウムの恩恵は、『自動車』の開発にも及んでいた。
「この金属を使えば、より軽くて機能的なボディやフレームが作れるな!」
今や、専任開発者として認められたルイ・オットーはひとりごちた。
木材のもう1つの難点……それは自由に変形させることが難しいことである。
従って木製のボディやフレームはどうしても直線的な部分が多くなる。
ゆえにこれまでは鉄で作っていたのだが、どうしても重くなってしまったのだ。
「トラス構造もいいけど、工数が増えるからなあ……」
構造力学の初歩は学んでいるので、重い鉄材を用いてできるだけ軽い構造にすることはある程度可能であったが、それには手間が掛かり、コストアップになってしまっていた。
これは自動車を普及させる上で大きなネックになる。
「今はまだ単価が高いが、いずれ輸入量が増えれば、値段も下がるに違いない」
そう確信し、ルイ・オットーはジュラルミンをはじめとしたアルミニウム合金の用途を模索していくのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月2日(土)10:00の予定です。




