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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第1章 基盤強化篇
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第二十七話 準備開始

 虫と、虫への残酷な行為も出てきます

 季節はいよいよ本格的な冬となった。

 だが、『エアコン』の効いている蚕室さんしつでは、飼っている蚕たちは全て羽化し、5人の『幹部候補生』たちは問題なく交尾、産卵まで順調に行っていた。

「よくやってくれた」

 アキラは彼らを褒めた。

「では、この前言ったように、飼う数を倍に増やし、今度は羽化させずに繭から糸を取ることを目標にする。とは言っても、まずは卵を孵化させるところから始めるんだがな」

「はい、わかりやした!」

「お任せください!」

 大分頼もしくなった、とアキラはほっとする。

 来春、桑の葉が大量に入手できるようになったなら、人手を増やしていよいよ産業化への第一歩を踏み出すことになるのだ。そうしたら、この5人は指導者になる。

 今はそのための準備期間であった。


「頼むぞ」

 彼らが蚕を育てている間に、まだまだ準備すべきことは多い。アキラは気を引き締めた。


*   *   *


「ええと、紆余曲折があったが、いよいよ絹糸を作る方法を産業化することになる」

 恒例の『会議』がアキラの『離れ』で行われていた。

 メンバーはアキラ、ハルトヴィヒ、リーゼロッテ、そしてミチアの4人だ。

「俺の記憶が曖昧だった部分は『携通』で確認した」

 皆、黙ってアキラの言葉を聞いている。

「まず手順だが、ここにまとめてみた」

 アキラは大学ノートに書いたイラストを見せながら説明する。


1.繭の周りにあるふわふわした毛羽を取り除く。

2.その繭を鍋などで煮る。

3.沸騰したら火を止め、水を注いで温度を下げる。

 ※ 温度が下がると繭の中の空気が急に冷え、 体積が小さくなって繭の中に水が入るため糸が繰りやすくなるから。

4.繭をブラシで優しくこすると、糸の端が出てくる。

5.3個から7個の繭から出てきた糸の端をまとめて糸巻きに巻き取っていく。

6.巻き取った糸を糸車に掛けてりを与え、絹糸とする。


「と、まあ、こんな感じだ」

「ふむ、作業自体は難しくないというか、複雑ではないな」

 多少のコツは必要なんだろう、とハルトヴィヒ。

「ここまでは俺も実習でやったことがある。とにかく糸を作らないことには布も織れないからな」

 糸ができさえすれば、布にするのは従来からある技術の延長である。


 もっとも、この先、生糸(繭から取ったばかりの糸)を処理して本当の『絹糸』にする処理もあるのだが。


「で、これから飼う蚕だけど、『殺蛹さっけん』といって、羽化しないよう中のさなぎを殺す必要があるんだ」

 方法としては乾燥した高温下に置く方法が一般的である。こうすることで繭のままで保存ができるようになるのだ。乾燥しているので中の蛹がカビたり腐ったりすることなく、1年くらいは保存できる。

 魔法式保存庫を利用すれば、3年以上保存できるだろうと考えられた。

 ちなみに、中のさなぎは魚の餌などに利用される。


「なんだかかわいそう」

 リーゼロッテが言う。アキラも頷いた。

「俺もそう思うよ。だけど産業としては仕方ないし、蚕としてもそうやって人間の役に立てなかったら飼ってもらえず、滅びることになるんだ」

 さらにアキラは、

「だから我々は採れた絹糸をあだやおろそかにしないよう心掛ける必要があると思う」

 と言った。

「ふうん、それが『異邦人エトランゼ』の考え方かい? 興味深いね。だが、共感できる」

 ハルトヴィヒはアキラの言に頷いてくれた。

「ありがとう。それに、養蚕の盛んだった土地には記念碑を建てて蚕に感謝することもしていたようだよ」

「へええ……精霊への信仰みたいなものかしら」

 今度はリーゼロッテが感心したように言う。

「『異邦人エトランゼ』って面白い考え方をするのね。でも、嫌いじゃないわ」

 リーゼロッテもまた、アキラの言葉に共感してくれたようだった。

「本当に。……ああ、だから『異邦人エトランゼ』の方たちって自然に感謝の気持ちを持っている、と言われるんですね」

 と、ミチア。その言葉が少し気になったアキラがどういう意味か尋ねると、

「以前聞いたことがあるんです。私たちは自然を屈服させようとしてきたけれど、『異邦人エトランゼ』の方たちは自然を敬い、共に生きようと考えている、って」

「ああ、確かに俺たちの世界でも、そういう思想を持った人たちはいるようだよ」

 アキラの知る限りではアイヌと呼ばれた人々や、マタギという職業の人たちは特にそういう思想を持っていたようだった。


「ええと、少し話が逸れたけど、糸を作るのに必要なものとして、『糸車』がある」

 とアキラは言った。

「糸車なら、羊毛を紡ぐのに使ってるぞ?」

 と、反論するハルトヴィヒ。

「うん、そうだろうな。だけど、絹糸は羊毛に比べて極端に細いから、原理は同じでも作り直す必要があると思うんだ」

「なるほど」

 羊毛を紡ぐ時は、ウールの塊から『導き糸』というものを付けて引っ張り出し、そこに『り』を掛けて引っ張り出すわけだが、絹糸の場合は既に糸になっているので構造的には同じでも、より繊細なものとなるはずである。

「小さいけど画像はこれだな」

 『携通』の画面に『糸車』を映し出したアキラは皆に見せた。

「ああ、確かに羊毛用のものよりずっと華奢ですね」

 ミチアが言った。彼女は一時期、ウールの生産を手伝ったことがあるらしい。

「よしわかった。原理が同じなら、簡単に作れるだろう。他に要望はあるかい?」

 ハルトヴィヒが請け合い、さらなる要望を尋ねた。

「ああ、このメモに書いた5番、繭から糸を一旦巻き取る糸巻き器が欲しいかな」

 作業に慣れれば、繭から一気に糸まで持って行けるのだろうが、アキラにはまだ自信がなかったのである。

「よし。どんな感じだ?」

「ちょっと太めの糸巻きをハンドルで回せればいいかな」

 アキラは絵を描いて見せた。


 現代日本では、小学生の教材として、ペットボトルを加工した糸巻きで繭から糸を引き出す体験学習をしているところもあるようだ。

「要望としては糸巻き部分が取り外せるといいかな」

「そうかなるほど。器械は1つでも、糸巻きを外せば次々に糸を引けるというわけだな?」

 ハルトヴィヒはアキラの意図を酌んでくれたようだ。


「まずはそんなところか。でももうすぐ、糸作り開始だぞ」

「楽しみですね」

「わくわくするわね」

「ああ、やり甲斐があるな!」

 アキラのチームは心を1つに、来るべき本格始動へ向けて準備を始めたのであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は6月3日(日)10:00の予定です。


 20180602 修正

(誤)「俺もそう思うよ。だけど産業としてはしたかないし

(正)「俺もそう思うよ。だけど産業としては仕方ないし

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