第三話 シェラック
アキラは、ゲルマンス帝国の技術者たちから、アルミニウムについて話を聞いていた。
「ふうん、帝国ではそうやってアルミニウムを……」
「国では『軽銀』と呼んでいましたけどね」
それはアキラも聞いたことがあった。
地球でも、発見当時は『軽い銀』、つまり軽銀と呼ばれていたことがあったのだ。
「用途は?」
「ティアラを作りました。軽いので喜ばれたのですが、じきに白っぽくなって輝きが鈍くなるのが欠点です」
「そういう問題があるか……」
そのへんも地球での歴史に似ているなとアキラは感じた。
アルミニウムは空気中で酸化しやすく、すぐに表面に酸化被膜ができるのだ。
この酸化被膜は薄いので保護膜としてはあまり役には立たない。
積極的に酸化皮膜を作る処理が『アルマイト処理』である。
閑話休題。
アルミニウム表面の保護は、それ以外にもある。
「透明なコーティングでもすればいいんだろうけど、あまり見ないな……シェラックニスならいけるかな?」
こっそり『携通』を調べてアドバイスをするアキラ。
「シェラックニス? とは何ですか?」
「え……」
「初めて聞きました」
『シェラックニス』は『ラックカイガラムシ』が分泌する樹脂状の物質である(虫の分泌物なので、狭義の樹脂ではない)。
虫つながりで、アキラも多少は調べたこともあった。なので『携通』に詳細なデータが保存してあったのだ。
性質としては、アルコールにのみ溶け、他の有機溶剤には溶けにくい。
そのアルコール溶液を蒸発させると、透明皮膜を形成する。
ギターやバイオリン、木製家具に塗る塗料となる。
人体には無害なので、甘栗の艶出しや錠剤のコーティングにも使用されている。
アキラが『飛行機』の塗料、特に主翼に張った布の目止め剤として検討していたものである。
ド・ラマーク領は寒冷なのでラックカイガラムシはいなかったが、王都はずっと南にあるので、わずかながら採取できていた。
とはいえ、王都ではこれを『薬』として扱かっており、塗料としては使われていなかったのだ。
過去の地球でも、漢方で『紫膠』と呼ばれ、清熱解毒などの作用があるとされていたという(どの程度効き目があったかは定かではない)。
ゆえに、飛行機全体に塗るにはまるで足りず、実用化には至っていないのが現状である。
「ははあ、そんなものが……」
「さすが『異邦人』ですね……勉強になります」
「そのままだと色が濃いから、溶かした後に濾す必要があるみたいだな」
「参考になります」
「帝国には南に植民地がありますので、そのシェラックも手に入るやもしれません」
「それもまた、貿易品になるかもな」
互いにないもの、欲しいものを他国から購入する。
一方的にではなく、持ちつ持たれつ、相身互い。
「これによって両国の関係がよりよくなることを願いますよ」
「アキラ様は人格者ですね」
「いや、そんなことはない」
単に揉め事が嫌いな小心者だ、とまでは口にしなかったアキラである。
* * *
「ふむ、帝国に技術を教える代わりに、『飛行機』に必要な素材を輸入、というわけか」
「はい、閣下」
ハルトヴィヒは産業大臣であるジャン・ポール・ド・マジノに報告し、素材の入手を依頼していた。
「それなら、技術を教える見返りになるか」
「はい、そう考えます」
「わかった。陛下とも諮って、前向きに検討しよう」
「よろしくお願いいたします」
そういうことになった。
* * *
そして、同日夜、アキラとハルトヴィヒの2人だけでの相談が行われる。
「とにかく、『アルミニウム』を手に入れ、『ジュラルミン』を作れたら、金属製飛行機も夢じゃない」
「だがそれには、『マグネシウム』が足りないと思うんだ」
アキラの言葉に、ハルトヴィヒが反論した。
「うん、それにはいくつかの方法がある」
アキラは『携通』から書き写した資料を示した。これはゲルマンス帝国の技術者には見せていないものである。
「まずは『滑石』。これは子供がお絵描きに使っているのを見たことがある」
「うん、煉瓦の壁に落書きして叱られる子供がいるね」
滑石は優秀なマグネシウムの鉱石である。
「それから『蛇紋岩』」
「王宮の床にも使われている石だね」
これもまた優秀なマグネシウムの鉱石だ。
「あとは海の水にも含まれている」
「液体から抽出する魔法があれば一番いいかもなあ」
「考えてみてくれよ」
「うん。タニー……スタニスラスがいるから任せてみよう」
魔法研究者スタニスラス・ド・マーリン(愛称はタニー)。
優秀な彼は、この後5日間で、海水から、マグネシウムだけではなく他の金属元素も抽出できる魔法を完成させるのである。
とはいえ、全金属製の飛行機が完成するのは、まだ当分先になるであろう。
素材が手に入っても、量産、そして加工技術が進歩しなければならないのだから。
* * *
ハルトヴィヒとの打ち合わせの翌日、そしてアキラが領地に帰る前日。
アキラは『シェラック』を王都で買い集めていた。
ド・ラマーク領へ持ち帰り、工芸品に使うためだ。
手に入ったのは500グラムほど。
飛行機に塗るにはまるで量が足りないので、そちらは帝国からの輸入待ちである。
また、ジュラルミンで外板を張れれば、目止めの必要がなくなる(保護のためには必要)。
「さてこれで、また新たな工芸品を作れればいいな」
『絹の産地』としての他にも、『工芸の村』としてド・ラマーク領は認識されつつある。
領地発展のための努力を惜しまないアキラであった。
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次回更新は10月12日(土)10:00の予定です。




