第一話 異邦人の覚書
凍てつく冬が終わりかけた頃、アキラ・ド・ラマーク子爵は、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵と共に、恒例の王都訪問を行っていた。
今年は目新しい報告はないが、『異邦人』とはいえ、さすがにそうそう毎年新たな製品を用意できるわけがないということは理解されており、その点ではアキラもほっとしていた。
とはいえ、絹製品以外にも献上するものは幾つか持ってきている。
* * *
アキラと前侯爵は王城の来賓室の一室で王都産の緑茶を味わっていた。
「科学技術関連のテキストは喜ばれるだろうな」
「はい、閣下」
今回の目玉は製品ではなく技術書である。
編集はアキラ自身が行った。イラストはミチアが担当。
『自動車』と『飛行機』に関する、小学生レベルのものと、中学生レベルまでの内容が書かれているもの、計4種。
それぞれ『自動車入門編』『飛行機入門編』『自動車中級編』『飛行機中級編』と題してある。
まあ、これ以上高度な内容はアキラとしても書けないのだが……。
「うむ、ハルトヴィヒ殿は構造や製造法についてをまとめるということだから、バランスもいいだろう」
平たくいえば理論中心の本と、作り方の本、というわけだ。
技術者の育成に役立ててほしいというアキラの思いも込められている。
「明日、宰相が何やら相談があると言っておったな?」
「はい、何でしょうね」
「面倒事でないといいのだがな」
* * *
さて、その当日。
「え?」
「技術交流、ですか?」
「うむ」
翌日、宰相の執務室にはアキラとハルトヴィヒが呼ばれていた。
そしてゲルマンス帝国からの技術者が2名。
「マンフレッド・フォン・グラインです」
「ヴァルター・フォン・ベルケです」
2人の自己紹介を聞き、ちょっと聞いたことがある気がするなあ、と思ったアキラであった。
「お2人は貴族家の出身なのですね」
ゲルマンス帝国出身のハルトヴィヒが確認するように尋ねた。
「いやあ、男爵家の4男ですから」
「私も、同じく男爵家の3男なもので」
だから家は継げない。
かといって他家に婿入りするのも難しい。
そこで、自らの力で身を立てようと技術者になった……ということらしい。
2人とも、貴族風を吹かせることのない気さくな性格のようだ。かといって傍若無人なわけではなく、きちんと礼儀は弁えている。
「帝国でも飛行機の開発をしているということでしてな」
今度は宰相が言った。
「帝国にもその昔『異邦人』……帝国では『異邦人』というらしいが、その『異邦人』が残した資料にも『飛行機』があったというのだ」
「なるほど」
「だが、技術的な資料ではなかったため、参考にして飛行機を試作するも飛ばすことができなかったそうだ」
「ははあ……」
「そこでゲルマンス帝国は我がガーリア王国に技術支援……いや、技術交流を申し入れてきたというわけなのだよ」
「わかりました」
おそらく事ここに至るまで、幾多のやり取りがなされてきたのだろうなとアキラは想像する。
が、それは自分の預かり知らぬことと、アキラは気持ちを切り替えた。
「交流と言うことですが、具体的には?」
ハルトヴィヒが尋ねた。
「もちろん、メインは『飛行機』ということになるだろうが、それ以外にもいろいろ……だな」
答えたのは宰相。
「彼ら2人は、我が国が長距離飛行を成功させていることを知っている。そこでまずは、彼らの飛行機についての資料を見せてもらうことにしたわけだ」
宰相はそう言って、ゲルマンス帝国の2人に向き直った。
「ええ、そういうことです。宰相閣下の仰ったように、まずは我々の手元に伝わる『資料』を御覧ください」
マンフレッドとヴァルターはそう言って、1冊の本を差し出した。
「写本ではありますが、我が国にその昔現れたという『異邦人』が残した資料の一部です」
他にもいろいろあるが、今回は技術的なものを持ってきた、ということであった。
「アキラ殿、見てもらえないかね」
「わかりました。拝見します」
同じ『異邦人』のアキラが見るのが最もよいだろうという宰相の判断である。
アキラはその資料を手にとって、ぱらぱらとめくってみる……。
「……これは……」
「どうですかな?」
「そうですね、これが原本の正確な写しだとしますと、なんといいますか……そう、技術書というには少し説明不足ですね」
「やはり、そうですか」
残念そうにマンフレッドが頷いた。隣に座るヴァルターも無言で頷いている。
「……乱暴な言い方をすれば『覚え書き』でしょうか。……その方はこちらの世界にやってきて、元の世界のことを忘れないように書き留めていたのではないでしょうか」
「アキラ殿の仰るとおりかもしれません」
「われわれもそうした結論に達しました」
マンフレッドとヴァルターが頷きながら言った。
「もう1つ。……この『異邦人』の方は技術者ではなく、イラストレーター……絵描きだったのではないかと」
描かれている絵が(模写ではあろうが)緻密だったため、アキラはそう想像している。
「確かに、いろいろな絵を残した方だったそうです」
「やはりそうですか。……ここに描かれている飛行機は、非常によく描けています。寸法比や細部など、かなり正確です」
ですが、とアキラは続ける。
「寸法や材質に関してはほとんど記述がない。これでは再現するのは難しいでしょう」
飛行機の透視図や断面図なども描かれているが、それは航空系の雑誌に見られるイラストに酷似していた。
そういう仕事をしていた人なのかも知れない、とアキラは想像している。
アキラの言葉を、マンフレッドとヴァルターは肯定した。
「そうなのです。大きさにつきましては、一緒に描かれている人間の大きさから類推できましたが、素材は全くわからずじまいでした」
「そうでしょうね」
「中に描かれている『竹とんぼ』は作れましたし、その応用でプロペラもできました。しかし『エンジン』ができません」
「そこで『グライダー』をまずは作ろうとしたのですが、飛ばないのです。おそらくは、重すぎて」
「で、しょうね……」
「その『資料』には、まだまだ役に立ちそうなモノがたくさんあると思います。そういう意味で『技術交流』を是非お願いしたく」
マンフレッドとヴァルターは揃って頭を下げた。
それを見てハルトヴィヒは内心で大いに驚いた。
ゲルマンス帝国の貴族連中は気位が高いものが多く、他国の者に頭を下げることを極端に嫌うからだ。
だがこの2人はそうではなかった。
これなら技術交流もうまくいくかも知れない、と思ったハルトヴィヒであった……。
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次回更新は9月28日(土)10:00の予定です。




