第二十四話 冬来たりなば
翌日の午前中は、ハルトヴィヒ一行をアキラ自らド・ラマーク領内を案内した。
小さな領地とはいえ、全部を見て回るのは無理なので、希望を聞いて『蚕室』『田んぼ』『桑畑』『わさび田』の4個所とする。
『蚕室』は、とりあえず屋敷の敷地内にある場所を見せた。
といっても、もう養蚕のシーズンは終わりなので片付いている。
が、ハルトヴィヒを除く3人は、自分たちも使っている『シルク』が作られている場所を見てみたかったようで、十分満足してくれたようだ。
次に案内した『田んぼ』は既に稲刈りもおわり、『稲架掛け』してあるところがほとんどだが、山沿いの棚田はまだの場所もあった。
「ははあ、山地ではこうして田んぼを作るんですね」
王都近郊は平野しかないため、棚田は珍しいのである。
「金色の稲穂がきれいですねえ……こういう景色は王都では見られませんから」
「気に入ってもらえてよかったです」
その足で山裾を巡る。
向かったのは『桑畑』である。
とはいえ、もう葉はほとんど落葉しているのだが……。
ここもまあ、3人としてはシルクの故郷を見てみたかった、ということらしい。
最後にやってきたのは『わさび田』。
ここには沢山のわさびが植えられており、まだ葉を茂らせているので見ごたえがある。
「ははあ、秋になっても枯れないのですね」
「そう。わさびはアブラナ科だから、他の葉野菜のように、冬でも青々としているんだ」
キャベツや小松菜、白菜、ダイコン、カブなども同じアブラナ科である。
いずれも秋に種を播いて春に花を付ける。
わさびは宿根草なのでそのまま何年も掛けて育て、根を太くしているわけである。
「もちろん、真冬には布を被せて霜から守ることもするけど、雪の下に埋もれていれば比較的安心でもある」
雪は断熱効果もあるため、外気温が氷点下十数度以下になっても、雪の下はせいぜいが氷点下2、3度で、水よりも凝固点が低い植物が凍ることはまれである。
「なるほど、こんなところにも『科学』があるのですね」
「さすが『異邦人』殿だ」
「いや、このくらいのことは、北国の農家なら経験で知っていると思う」
「ははあ……生活の知恵ですねえ……」
こうした話が、技術者たちの視野を広くしてくれるといいなと願いつつ、アキラは領内の案内を終えたのである。
* * *
そして、午後12時半。
「準備はいいかな?」
「はい、ハルトさん」
王都に戻るにはまだ若干の時間的余裕があるので、短時間ではあるがミチアとタクミを乗せて遊覧飛行をすることにした。
これも『異邦人』の家族にサービスするという『公務』(建前)である。
また、『お客』を乗せて飛行できるというデモンストレーションにもなっていた。
ミチアの膝にタクミが乗っている。2人合わせてもアキラの体重には届かないので余裕だ。
アキラの時以上に慎重に、ハルトヴィヒは『ルシエル1』を離陸させた。
「わあ、すごい眺めですねえ」
「すごい……きれい……これが、そらからのながめ……」
「もう少しすれば、王都とここド・ラマーク領との間に飛行機による航路もできるでしょう」
「そうなったらいいですね」
「少なくとも、アキラには1機所有してもらいたいですよ」
「そうすれば、王都への往復が楽になりますね」
「それだけでなく、領内の視察にも使えますし」
「そうですね」
「僕もがんばりますから」
5分程の遊覧飛行を終え、『ルシエル1』は着陸。
「ありがとうございました」
「楽しんでもらえたら何よりです」
「ハルトおじさん、またいつかのせてください!」
タクミは飛行機が気に入ったようだ。
「エミーはどうする?」
「んーん……」
いやいやをするエミー。
「では閣下、いかがですか?」
エミーの方は怖がって乗りたがらなかったので、様子を見に来ていたフィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵を誘うハルトヴィヒ。
「うむ、では、頼もうか」
「はい、では」
フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵を乗せ、再び飛び立つハルトヴィヒ。
「おお、思ったより快適だ」
「お気に召しましたか?」
「うむ。……あとは、もう少しこの座席が居心地よければな……」
「それは改善点ですね」
そしてド・ラマーク領上空を2周した後、ハルトヴィヒは『ルシエル1』を着陸させた。
「うむ、これはよい。……ハルトヴィヒ殿、感謝する」
「いえ、ご感想もありがとうございました」
こうして、ド・ラマーク領にやって来たハルトヴィヒたちの業務はすべて終わったのである。
* * *
「それでは、お世話になりました」
「また会える日を楽しみにしているよ」
「王都でも頑張れよ」
「ありがとうございます」
『絹屋敷』の皆と、フィルマン前侯爵に見送られ、ハルトヴィヒと3人の弟子たちは機上の人となった。
そして、ハルトヴィヒの『ルシエル1』を先頭に、次々と離陸していく。
3機は『絹屋敷』上空を3度旋回した後、進路を南に取り、王都へと帰っていったのである。
* * *
「行ってしまいましたね」
「うん」
アキラとミチアは3機が飛び去った南の空を見つめていた。
もうすぐ、ド・ラマーク領には凍てつく冬がやってくる。
が、冬の後には春が来ることを、アキラもミチアも知っている。
そしてその春にこそ、アキラたちの夢が叶うことだろう……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月21日(土)10:00の予定です。
20240914 修正
(誤)『稲架掛け』指定あるところがほとんどだが山沿いの棚田はまだの場所もあった。
(正)『稲架掛け』してあるところがほとんどだが、山沿いの棚田はまだの場所もあった。
(誤)王都に戻るにはまだ若干の時間敵余裕があるので
(正)王都に戻るにはまだ若干の時間的余裕があるので
20240915 修正
(誤)アキラとミチアは3機が飛び去った南の空を見つめでいた。
(正)アキラとミチアは3機が飛び去った南の空を見つめていた。




