第二十三話 発展のきっかけ
アキラを乗せた『ルシエル1』を、ハルトヴィヒは安全限界高度を保って飛ばしている。
飛行機に慣れないアキラを気遣っての操縦である。ゆえに加減速も抑え気味だ。
そしてもう1つ、理由がある。
「アキラ、気密性や室内気温はどうだろうか?」
今のところ、これが問題だとハルトヴィヒは言った。
単に高度を上げるだけならエンジン出力を上げるという強引な手が使える。
が、操縦するのは人間だ。
寒ければ動きが鈍るし、空気が薄ければ呼吸が困難になる。
「操縦するためのリンクがあるから、完全な気密状態は作れないし、作ったら作ったで酸素不足になりかねない」
「だな」
それを聞いて、アキラは考えてみた。
(旅客機の窓には小さな穴が開いていたような気もする……あれって何だったんだろう……)
『携通』に出ているかも知れないと思い付いたアキラは、着陸したら調べてみる、とハルトヴィヒに約束した。
それとは別に、
「なあ、空を飛んでいると風圧が掛かるよな?」
「それは当然だね」
「それを利用して、室内に与圧できないかな?」
……と、提案してみるアキラ。
「あ、なるほど……」
内部を一定圧に保つバルブが作れれば、それも可能かもしれない、とハルトヴィヒは気が付いた。
「新しい空気も入ってくるしな!」
「それをエアーコンディショナーで温めてやれれば……」
「機内の環境は保たれそうだ。……うん、アキラに相談してよかったよ」
「こっちこそ、役に立てたようでよかった」
* * *
その後、アキラは空から領地を視察。
「なるほど、こうなっているのか」
「地図で見るのと空から見るのとでは違うだろう?」
「まったくだ。気球ではこんなに高くは上がれなかったからなあ」
「あとは写真が撮れるといいんだがな」
「本当にな」
「まあ、そっちはロッテが研究中さ」
「そうか! それは期待できそうだな」
「ああ、大分進んでいるみたいだ。ネックは感度らしい」
「なるほどなあ」
初期の写真は感光紙の感度が悪く、数十秒間じっとしていなければならなかったという。
「カメラの方も工夫して、というかできるだけ明るいレンズを作ったらどうだろう?」
「なるほど、その手もあるか」
極端な話、現実よりも明るく見えるレンズがあれば、露光時間を短くできる理屈だ。
「そっちも提案してみるよ」
「やってみてくれ」
空の上でも弾む会話。
そして数分後、『ルシエル1』は着陸した。
* * *
「お帰りなさい!」
アキラが飛行場に降り立つと、ミチアが駆け寄ってきてその手を取った。
やはり、『空を飛ぶ』という非日常的な行動は心配だったようだ。
「ただいま。ハルトヴィヒの飛行機は快適だったよ。改めて飛行機の有用性を認識した」
「それはよかったですね。……ハルトヴィヒさん、素晴らしい発明、ありがとうございます」
最後の言葉はアキラの後から降りてきたハルトヴィヒに向けてのものだ。
「ありがとう、ミチアさん」
「さて、それじゃあ館で今日の反省会をするぞ」
「わかりました」
* * *
そして30分後、『絹屋敷』で反省会という名の打ち合わせが開始された。
出席者はハルトヴィヒと3人の弟子、そしてアキラだ。
「まず、室内の気圧に関して、アキラ殿からヒントをいただいた」
弟子たちの前なので領主に対する言葉づかいをするハルトヴィヒ。
そして、先程のアキラのアイデアを説明する。
「なるほど、圧力が一定になるバルブを作り、外から空気を取り入れるわけですか」
「バルブは、ばねを使えばいけそうですね」
「領主様、さすが『異邦人』ですね!」
「で、取り入れた空気を温めてやれば、室内温度も調整できる」
このアイデアは実用化されそうである。
「もう1つ、これは我々とは直接の関係は薄いが、『飛行機』の利用法の1つである『写真』を手に入れるための資料ももらった」
「おお!」
資料とは、幾つかの『レンズ』の構成図である。
カメラ用レンズのカタログには、『m群n枚』といった、レンズの組み合わせも載っていることが多い。
10枚以上のレンズを組み合わせるのは、簡単にいうと『収差』と呼ばれる画質低下を減らすためである。
そして、そんな中でも組み合わせ枚数が少なく、構造も(比較的)単純なレンズの資料を、アキラはハルトヴィヒに渡したのである。
カメラ用語でいうところの『ガウスタイプ』という、前後のレンズ構成が対称になっている(レンズ径や厚みは異なる)もので、『標準レンズ』と呼ばれる中庸的な画角のものに使われるもの。
それでも4群6枚、つまり全部で6枚のレンズを研磨しなくてはならない。
加えて……。
「このレンズに使うのは『鉛ガラス』というそうだ。これは、『鉛毒』の関係から、あまり使いたくない素材だという。が、どうしても今回は使わざるを得ないだろう」
レンズ用のガラスには、高い屈折率が求められる(空気が1.0、水が1.3、通常のガラスが1.4から1.5くらい)。
手っ取り早くこれを実現するためには、材料に鉛を少量添加することだ。
これを鉛ガラスと言い、屈折率は1.7〜1.8(鉛の添加量で変わる)。また、放射線の遮蔽にも使える(酸化鉛を重量比で70パーセント含む)。
ただし、耐久性は低めで、不用意な水拭きにより曇りを生じることがある。
また、金属鉛は有毒なので、製造時には気を付けねばならない。
ちなみに、ダイヤモンドはガラスより遥かに屈折率が高い(約2.417)が、高価な上加工が難しすぎる。
現代日本ではプラスチック(アクリル系)でも2を超える屈折率のものが作られているが、まだまだアキラたちの世界では無理だ。
そこで比較的手軽な鉛ガラスの出番となったわけである。
これにより、写真機もまた、発展のきっかけを得たことになる……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月14日(土)10:00の予定です。
20240907 修正
(旧)
これを鉛ガラスと言い、放射線の遮蔽にも使える(酸化鉛を重量比で70パーセント含む)。
(新)
これを鉛ガラスと言い、屈折率は1.7〜1.8(鉛の添加量で変わる)。また、放射線の遮蔽にも使える(酸化鉛を重量比で70パーセント含む)。




