第二十二話 夢への一歩目
ついに『飛行機』は王都とド・ラマーク領間を結んだ。
今後は手紙をはじめとした情報のやり取りも盛んになるであろう。
* * *
「おめでとう!」
「ありがとう!」
ド・ラマーク領では、ささやかではあるが初飛行成功のお祝いと、飛行士たちの歓迎を兼ねた宴が開かれていた。
といっても昼食会なので酒はなしだ。
そちらは今夜開かれる正式(?)な宴会で振る舞われる。
「ううん、やっぱりこっちのお米の方が口に合うなあ」
ハルトヴィヒは王都産の米よりもド・ラマーク領の米の方が美味い、と言った。
同じ品種でも、夜間の気温が低いと稲の代謝が抑えられるため、 昼間光合成で作ったデンプンが消費されずに米の中に閉じ込められるという。
つまり、昼と夜の寒暖差が大きければ大きいほど粘りや甘みの強い美味しいお米が育つ、ということになる。
という説明をアキラから聞いて、
「なるほどな。同じ品種でも育てる環境が違うと味も違ってくるものなんだな」
と納得したハルトヴィヒである。
「ははあ、農業といっても下地になる科学理論があるんですねえ」
「工夫を続けることが進歩につながるんですね」
「目がさめる思いです」
ハルトヴィヒと共に来たアンリ、シャルル、レイモンらも、アキラとハルトヴィヒの会話を聞き、自分たちの知らない『科学理論』を垣間見て感心したのだった。
「ハルトヴィヒさん、おかえりなさい」
「やあ、ミチアさん」
「リーゼさんやエッタちゃんはお元気ですか?」
「それはもう。ロッテもアキラとミチアさんに会いたがっていたんですけどね。今回は無理でした」
今回は仕事の一環ですから、とハルトヴィヒは苦笑した。
「アニー(ヘンリエッタの愛称の1つ)も大きくなりましたよ」
とそこにタクミとエミーがやって来た。
「ハルおじさん、おひさしぶりです」
「おお、タクミくんか。大きくなったなあ。……後ろの子はエミーちゃんかい?」
「はい。ほらエミー、ごあいさつして」
恥ずかしいのか、エミーはタクミの後ろに隠れるようにして付いてきていた。
「あう……えみー、でしゅ。はじめまちて」
「ハルトヴィヒだよ。よろしくね」
「はい、でしゅ」
実際はエミーが1歳のときには、まだハルトヴィヒはド・ラマーク領にいたのだが、さすがに1歳児に覚えていろというのは無理であろう。
今のところは、『はじめまして』には突っ込まないでおこうと決めたハルトヴィヒであった。
* * *
昼食会も済み、のんびりと『お茶』を楽しむ一同。
「やっぱりこの味だなあ」
「王都とは違うかい?」
「向こうにも桑の葉茶はあるけど、やっぱり味が違うよ」
ハルトヴィヒとアキラは『桑の葉茶』。
アンリ、シャルル、レイモンは紅茶である。
「このお茶、美味いな」
「ああ。王都の一流のカフェ並だ」
そんな会話をする彼らに、給仕をしていたリリアが説明をする。
「ありがとうございます。こちらはド・ラマーク領で少しだけ栽培している茶葉になります」
「へえ、そうなのか」
「旦那様のお話ですと、品質の優れた紅茶は、標高の高い土地の霧の深い山地で栽培されるということですので、試験的に作ってみております」
「ふうん……それもまた『農業の科学』だなあ……」
実際に、インドのダージリンはヒマラヤ山麓の2100メートルの高地で栽培されているものが『ハイ・グロウン(高地)ティー』として名高い。
高地の霧が茶葉に特有の香気を与えるといわれている。
「王都からいらっしゃった方々に美味しいと思っていただけたらうれしいです」
「なるほど。……ああ、俺はシャルル・ボアザンという。君は?」
「こちらで侍女を務めさせていただいておりますリリアと申します」
「リリアか。美味しい紅茶をありがとう。領主様にもそう伝えておいてくれ」
「心得ました」
などという一幕もあった。
* * *
「さて」
空を見上げ、ハルトヴィヒは立ち上がった。
「これから『ルシエル1』で、北の山の下見をしてくる。……アキラも行くかい?」
「もちろんだ!」
これはれっきとした公務である。
『飛行機の情報を提供してくれた『異邦人』を、できれば飛行機に乗せ、さらなる改善点を指摘してもらう』……これが建前。
本音としては、『アキラと一緒に北の山脈を越えたい』という夢への第一歩である。
「あなた、気を付けてくださいね。……ハルトさん、よろしくお願いします」
「わかったよ、ミチア」
「ミチアさん、気を付けます」
そうして2人は飛行場へ。
アンリ、シャルル、レイモンもそれに続いた。
* * *
ハルトヴィヒたちが点検をしている間に、アキラはレイモンから説明を聞いた。
「ですから、ここの構造が……」
「ふんふん」
「ここをこうしていますので、高度を取るときには……」
「なるほど」
点検は10分ほどで終了し、アキラも説明を聞き終えた。
「さあ、行こう。乗ってくれ」
「うん」
アキラが乗り込み、シートベルトを装着したのを確認したハルトヴィヒはエンジンをスタートさせた。
「気密よし。エンジンよし。……行くよ、アキラ」
「頼む」
「発進!」
ブレーキを解除すると『ルシエル1』は滑走路を滑るように走り始めた。
「おお、こういう乗り心地なのか」
伝わってくる小さな振動を噛みしめるように、アキラは目を細めた。
「離陸!」
そして引かれる操縦桿。
『ルシエル1』はふわりと浮き上がった。
「飛んだよ、アキラ」
「うん、わかる」
「このまま上昇していくからな」
「任せる」
『ルシエル1』は滑らかな軌道を描いて上昇していく。
「ほら、あんなに『絹屋敷』が小さくなった」
「本当だ。……ああ、空を飛んでいるんだな……ハルト、ありがとう」
約束を守ってくれたハルトヴィヒに、アキラは感謝の意を伝えた。
「うん。だが、終わったわけじゃない。『北の山脈』はまだ高いしな」
「うん、そうだな」
アキラとハルトヴィヒの眼前には、雪をいただく『北の山脈』が厳然として聳え立っていた。
「あと1年、待っててくれ。そうしたらきっと、あの山よりも高く飛んでみせる」
「頼むよ」
アキラとハルトヴィヒは、無言のまま、白銀に輝く山嶺を見つめるのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月7日(土)10:00の予定です。
本日8月31日(土)は14:00に
『蓬莱島の工作箱』を更新します。
https://ncode.syosetu.com/n0493fy/
お楽しみいただけましたら幸いです。
20240831 修正
(誤)実際に、インドのダージリンはヒマラヤ山麓の2100メートルの高地でさいばいされているものが
(正)実際に、インドのダージリンはヒマラヤ山麓の2100メートルの高地で栽培されているものが
(誤) 高地の霧が茶葉に特有の香気を与えるといわれでいる。
(正) 高地の霧が茶葉に特有の香気を与えるといわれている。
(誤) アンリ、シャルル、レイモンもそれに続いた・
(正) アンリ、シャルル、レイモンもそれに続いた。
(誤)「ですかか、ここの構造が……」
(正)「ですから、ここの構造が……」
(旧)
品質の優れた紅茶は、標高の高い土地の霧の深い山地で栽培されるということですので、試験的に栽培しております」
(新)
品質の優れた紅茶は、標高の高い土地の霧の深い山地で栽培されるということですので、試験的に作ってみております」




