第二十話 豊穣の秋
「今年の作柄は『良』だな」
ド・ラマーク領領主、アキラ・ムラタ・ド・ラマークは満足そうに呟いた。
今年の小麦、大麦、米といった穀物の収穫量を集計してみると、天候に恵まれ豊作だったことに加え、作付面積を増やしたこともあって、前年の3割増しとなっていたのだ。
「他にも『わさび』や『い草』、『テンサイ』による収入も増えてるし」
更に、農閑期に奨励しているわら細工やい草細工などもそこそこ好評で、堅実な売れ行きを見せている。
そして肝心の『養蚕』も、先日繭を集め終わったところだ。
「繭の形も重さも上々。今年度は期待できるな」
領主として、アキラはほっと一息ついたのだった。
* * *
「ちちー」
「おお、エミー、どうした?」
そして、父親としての顔も見せるアキラ。
「これー」
まだ青みが残るどんぐりを差し出すエミー。
「もうどんぐりが落ちてるのか」
「うん!」
昨夜、少し風が強かったからな……と、アキラは思い返した。
「あのね、にぃにと、いい?」
いろいろ言葉が足りないが、兄のタクミと一緒にどんぐり拾いに行っていいか、と聞いていると思われる。
「リリアも一緒ならいいぞ」
「はあいー」
エミーは喜び勇んで駆けていった。
リリアは今年17歳になる新米侍女。
近隣の山野に詳しく、タクミが懐いている。
アキラもミチアも、リリアが一緒なら、近所の山歩きは安心だと信頼を寄せている。
そういうわけで、ナラの木の多い屋敷の裏山へ、エミーとタクミはリリアに連れられてどんぐり拾いに行くのだった。
* * *
そして2時間後。
「こんなにとえたー」
「おお、一杯拾ってきたな」
リリアが付いていたので道に迷ったり熊に出会ったりすることもなく、夕方の早い時刻には戻ってきたエミーたち。
ポケットにはいっぱいの青いどんぐりが。
「リリア、きれいに洗ってからさっと茹でておいてくれよ」
「はい、旦那様」
どんぐりには虫が卵を産み付けているものが多いので、一度茹でておくことで虫が湧かなくなるのである。
最近の幼稚園や小学校などで、どんぐりを工作に使う際の注意書きにもそう記されているらしい。
これをしないと、どんぐりを箱に入れてしまい込み、忘れかけた頃に開けると悲惨なことになる……ようだ。
とにかくそういうわけで、拾ってきたどんぐりは全てリリアによって茹でられ、虫が湧くという悲劇を回避したのだった。
* * *
同じ頃、王都。
『凧式練習機』で訓練を続けていた『第3期訓練生』たちもかなり上達し、この日晴れて『訓練生』から『見習い操縦士』に昇格となった。
これにより、『ヒンメル2』あるいは『ヒンメル3』を単独で操縦する資格を得たわけだ。
「……これまで、死亡事故が0で来られたのは皆の努力の成果だ。これからも注意してほしい」
「はい、先生」
訓練生の卒業の訓示で、ハルトヴィヒはそんな言葉を贈った。
同時に、航空機関連の技術者たちも少しずつ増えてきている。
「ルシエル1のコクピットの気密性も確保できたし、あとはピトー管だな」
「はい。そちらも、速度計として使うため、対気速度への換算です」
「あと一歩だな」
「はい」
もう秋も深まりつつあるので、年内にド・ラマーク領北の山を越えるのは難しいだろうな、とハルトヴィヒは少し残念に思った。
しかし、その分機体の性能と信頼性を向上させればいいと、前向きに考える。
そんな時、弟子の技術者の1人、アンリ・ソルニエが尋ねた。
「先生、この飛行機って、どれくらい飛んでいられるんでしょうね」
「理論上は、機体のどこかが壊れるまで、だが、実際は2日か3日くらいだな」
複座として、操縦を2人で交互に行っても、食料や睡眠や排泄など、人間の生理現象がネックになるだろうとハルトヴィヒは考えている。
『携通』で見た、全長50メートルもあるような巨大な航空機であれば、もっと多くの人員を乗せ、寝台やトイレも備えることができるのだろうが、とも考える。
だがそれはまだ数年から十数年先のことになるだろうことも知っている。
それだけ巨大な飛行機は、必然的に『全金属製』になるだろうからだ。
それには『ジュラルミン』を開発する必要があるが、今のところ『ボーキサイト』が見つかっていない。
つまり『アルミニウム』さえ作れないということなのだ。
かといって『チタン』も、やはり見つかってはいなかった。
そういうわけで、中で寝泊まりできるほどの巨大な航空機はまだ時期尚早であることを、ハルトヴィヒは自覚しているのである。
それゆえ、まずはド・ラマーク領から『北の山』を越え、向こう側の様子を観察して戻ってくることのできる飛行機の開発を目指しているのだ。
「今年中に、ド・ラマーク領まで飛んでみたいものだ」
既に滑走路が完成していることは知っているので、着陸には問題ない。
「行って帰ってくるだけなら問題なさそうだしな」
とはいえ、事前に連絡しておいたほうがいいかなとも思うハルトヴィヒ。
その場合はせいぜいが馬による連絡なので、数日掛かってしまう。
つまり、連絡には数日掛かるのに、飛んでいくと数時間で着いてしまうということに……。
「いずれは定期便を飛ばせるといいかもなあ」
その場合、途中の都市にも飛行場を設置してもらうということになるだろう。
すぐには出来ずとも、そう遠くない未来には、きっと……と、夢を膨らませるハルトヴィヒであった。
* * *
「ううむ……どうしても成功しない……」
ゲルマンス帝国の飛行機開発は頓挫一歩手前であった。
「閣下、これはやはりガーリア王国の技術者の意見を聞きませんと……」
「何度言ったらわかるんだ! こちらから与えるものなしに、一方的に教えをこうなど、いくら今の皇帝陛下がご寛容でも許されることではない」
「……」
言葉をなくす開発メンバー。
が、ここでとある技術者の意見が出た。
「では、『電信』の技術を提供すればどうでしょうか?」
「電信? あんな玩具が受け入れられるというのか?」
「それはわかりません。ですが、それを決めるのは向こうですし、何か意外な使い道を見つけてくれるかも」
「ふむ……考えてみよう」
この選択が吉と出るか凶と出るか、それは誰にもわからない……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月24日(土)10:00の予定です。
20240817 修正
(誤)もう秋も深まりつつあるので、年内にド・ラマーク領北の山を超えるのは難しいだろうな
(正)もう秋も深まりつつあるので、年内にド・ラマーク領北の山を越えるのは難しいだろうな
(誤)「行って帰ってくるだけなら問題さそうだしな」
(正)「行って帰ってくるだけなら問題なさそうだしな」




