第十二話 季節は夏へ
ド・ラマーク領の春は足早に過ぎ去り、早くも初夏の日差しが降り注いでいる。
アキラは、愛娘エミーを連れて、桑畑を見回っている。
油断すると、桑の葉を食べてしまう害虫が付くからだ。
その桑の木にも実が生り始めた。
「みー」
「エミー、まだ食べちゃ駄目だぞ。赤い実は酸っぱいんだ」
「すっぱい?」
「そうさ。黒くなると甘くて美味しくなるんだよ」
「いつ?」
「そうだなあ、あと半月くらいかな。待てるかい?」
「まつー」
「そうか、エミーはいい子だなあ」
ご褒美に、アキラはエミーを肩車する。
「わあい」
視線が高くなるのでエミーはご機嫌だ。
しばらくそうやって、アキラとエミーは桑畑の中を散策するのだった。
* * *
一方、タクミはと言うと、侍女のリリアと一緒に桑の葉を摘んでいる。
「ぼっちゃま、こうやって、葉っぱの付け根を引っ張るのですよ」
「うん。……リリア、こう?」
「はい、大変お上手です」
「へへー」
「その調子で、たくさん摘んでいきましょう」
「うん!」
夏を前に、桑の木はぐんぐんと伸びており、秋に備えて桑の葉を採取、保存するために人手は多いほどいい。
そこで『絹屋敷』の侍女たちも時々手伝っているのだが、この日はリリアに懐いているタクミが付いてきてしまったというわけだ。
とはいえ、タクミは聞き分けがいいので、リリアの邪魔をすることはなかった。
むしろ、低い位置にあって大人では屈まなければならない葉の採取をしてくれるので助かっているといえた。
梅雨のないド・ラマーク領の夏は、もうすぐそこまで来ていた。
* * *
王都にも初夏の風が吹いている。
ハルトヴィヒは弟子たちと打ち合わせを行っていた。
「この季節は風が強くなるんだよな」
「その分、『練習機』での訓練を増やせますから」
『凧式グライダー』を使っての操縦訓練にはもってこいの季節である。
そこで練習機を4機に増やし、新人パイロットの訓練を行っているのだ。
「『ヒンメル2』の量産準備も順調のようだね」
「はい、先生」
量産といっても、同型機を2機作るだけであるが。
その安定した性能が評価され、練習機兼近距離偵察機として実用性を認められたのである。
そしてハルトヴィヒらは『ヒンメル3』の設計に取り掛かっていた。
「やはり、問題は強度かな」
「スタニスラス殿も苦戦しているようですね」
「『弱体化』はできたが、永続する『強靭化』は難しいらしいな」
「でも、完成すれば『飛行機』の性能が上がりますから」
「期待したいところだな」
「はい」
* * *
そのスタニスラスは、今日も魔法の改良に勤しんでいる。
「うーむ……アキラ殿からヒントを貰ったが、実現するには何かが足りていない……」
が、『強化』もしくは『強靭化』については手こずっていた。
「タニー、どんな具合です?」
「アンリさんですか。……なかなか進みませんね……」
「やはり『永続』というのが問題ですか?」
「そのとおりです」
魔力で強化しても、その魔力を止めるとすぐに強化前に戻ってしまうのだ。
「アプローチの仕方が駄目なのかもしれないですね……アキラ殿は、なんと言っていたか……分子間力とか、結合力とか……うーむ……」
再び考え込んだスタニスラスの邪魔をしてはいけないと、アンリはその場をそっと離れたのだった。
* * *
「どうだった?」
「やはり難しいようですね……」
「そうか……」
アンリ・ソルニエは、職場に戻り、ハルトヴィヒらに報告を行った。
「彼にもできないということは、魔法による物質の強化というのはかなり難しいのだな……」
「そのようですね」
「我々にも、何か手伝えるといいのですが」
「アイデアのヒントくらい出せるといいんだが……強化、か……」
「強度がほしい場所ってどこでしょうか?」
「機体の構造材だな。それからエンジンかな」
レイモン・デュプレの質問に、ハルトヴィヒが答えた。
「でしょうね。……エンジンの強化はどう働きます?」
強化されたエンジンはどういう風に高性能化するのか、という意味である。
「回転数を上げることができるから、減速比を大きくすることができる。ということは結果的にパワーが上がる」
ここでいうパワーとは馬力のことで、物理学上は『仕事率』となる。
つまり馬力=トルク×回転数である。
減速比を大きくすることでトルクが増す。
そして回転数を上げられるということは馬力も上がることが、この式からわかる。
「プロペラだって軽くできますね」
遠心力と推力が生じるプロペラには大きな力が掛かるので、強度が求められるのだ。
よって、必然的に肉厚で重いものになってしまう。
重ければ回すためにパワーを食われてしまうわけだ。
「止まっている時は強度はそれほど必要ないですよね」
「まあそうだな。自重を支える程度の強度があればいいんだから」
「待てよ? ……なら、飛ぶ時だけ強化すればいいのでは?」
ハルトヴィヒにひらめきが訪れた。
「先生、それはそのとおりです。そしてそのための魔力は供給源がありますから……」
「ああ。つまり、飛ぶ時だけ強化すればいいわけだ」
「ですね」
このアイデアは、すぐにスタニスラスに伝えられた。
「素晴らしい! それなら、魔力が切れても、また使うときに強化できるようにすればいいわけですね! このチームに参加できてよかった!!」
スタニスラスは大喜びでこのアイデアを形にすべく、実験を開始したのである。
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