第二十五話 携帯通話機、復活
夕食もそこそこに、アキラはハルトヴィヒ、リーゼロッテ、ミチアらに『携通』の説明を、実演を交えて行った。
途中から、電池節約のために電源は切ったが、デモンストレーションとしては十分。
「いやあ、アキラが『これ』を動かすことに拘ったのがよくわかるよ!」
と言ったハルトヴィヒの言葉に、彼らの思いはよく表されている。
そんなことをしているとかなり夜は更けていた。
「……あの、みなさん、そろそろお休みになるお時間です」
申し訳なさそうに告げるミチア。彼女は使用人なので寝坊するわけにはいかないのだ。
そんなミチアの立場がわかっているアキラは渋々ながらも頷いた。
「そうだな。また明日、充電をしたらもっといろいろ使ってみせるよ」
「うーん、仕方ないな」
「そう、ね」
ハルトヴィヒとリーゼロッテも理解を示してくれたのである。
* * *
翌日も、朝食が済むとすぐに充電だ。
「電圧を一定に保つ方法と、人力でなくハンドルを回す方法があればな……」
ハルトヴィヒが言う。
「ああ、一定に保つ方法は、『携通』が使えるようになったら何とかなるかもしれない」
「え? 本当か?」
「確約はできないが」
今は『携通』内蔵の安定化回路に頼って充電している状況だ。
おそらく、一定電圧とは言い難い状況だろうとアキラは考えていた。回路にかなり負担を掛けているだろうことも。
だが、この充電を成功させれば、次回からはかなり楽になるはずなのだ。
アキラが考えていたのは『充電池』を作ることだ。
それも、鉛蓄電池。2ボルトの電圧で電流を取り出すことができる。
「極板に鉛と鉛の……何か。電解液は希硫酸だったと思う」
そういった細かい資料も『携通』の中に保存されているのだ。
劇薬を使うが、ハルトヴィヒ、リーゼロッテらの協力を得られれば何とかなりそうだとアキラは思っていた。
「……でだ、その場合には……」
「ふむ、筋肉が疲れるというのは、にゅうさんとかいう物質が増えたからなのか」
などと雑談をしながら、午前中一杯を掛けて交替で発電機を回した結果、なんとか『携通』へのフル充電が完了したのであった。
「よし! これでしばらくはデータ閲覧ができるな」
通常の使用であれば、フル充電で約8時間の使用が可能だ。
発光や音を鳴らすなどの物理的な出力を頻繁に行うと、その時間はぐんと減ってくる。
貴重なこの情報源を、アキラは有効に使おうと、すべきことを考えた。
「なんといっても鉛蓄電池の構造だな」
「うむ、それそれ!」
「極板に何を使うのか、はっきりさせてよね!」
ハルトヴィヒとリーゼロッテは身を乗り出し、急き込んで尋ねた。
「ま、待て待て。落ち着け」
その勢いに押されアキラは2人をなだめる。
「これが落ち着いていられるか」
「そうよ。腕がこんなにだるくなるまで発電機を回したんだから、その成果を見たいじゃないの」
「わかったよ」
その気持ちはわからなくもないので、アキラは早速検索する。
「『鉛蓄電池』『電極』『構造』っと……」
すぐに結果は出た。
「ええと、正極は二酸化鉛、負極は海綿状の鉛、電解液として希硫酸、と書いてある」
小さな『携通』なので、一つ一つの情報はそれほど詳細ではないが、必要な情報は得られた。
「硫酸……は確か火山湖で採取されるものが少量出回っていたはずよ」
これも『異邦人』の発見らしい。
(ああ、そういえばニトログリセリンを作ろうとしていたと言っていたな)
ニトログリセリンは硫酸と硝酸の混酸にグリセリンを反応させたものである。
アキラの知らぬ『異邦人』は、爆薬としてか、あるいは心臓病(狭心症)の薬としてか、ニトログリセリンを作ろうとしていたらしいのだ。
結局硫酸と硝酸の混酸が作れなかったということだが。
「なら電解液はなんとかなるな。そうなると二酸化鉛か……」
今度は『二酸化鉛』で検索を行うアキラ。
「ええと……? 黒色から褐色の斜方晶系であるα相と、黒色で正方晶系のβ相があって……? ……毒物及び劇物取締法により劇物に指定されている……か。危険物だな」
「で、製法は!? 製法はどうなんだ!」
「待て待て。……ええと……一酸化鉛を酸化剤で酸化……溶液を陽極酸化によって合成……うーん……」
結局、『白金陽極上に鉛イオンを二酸化鉛として電着析出させる』方法なら何とかなりそうという結論になった。
その他の製法では酢酸鉛だとか次亜塩素酸塩だとか、手に入るかどうかわからない化学物質を必要としているのだ。
「酢酸水溶液にも溶解して酢酸鉛を作る、とあるから、濃い酢になら溶けそうだな」
「ふんふん」
リーゼロッテは熱心にメモを取っている。この先は彼女の力に頼ることになりそうだ。
「……ということだな。一酸化鉛を酢酸に溶解させるわけで、一酸化鉛は鉛を加熱、急冷することで得られるってさ」
酢酸鉛は鉛糖とも呼ばれ、甘いらしい、とアキラは注意書きを読んだ。
「だけど毒性が強いから、口にするなよ?」
と釘を刺すのも忘れない。
「うん、わかったわ。早速やってみるわね」
リーゼロッテはメモを持ち、研究室へと駆けていった。
「じゃあこっちはこっちで、蓄電池の他の部分を作ろう」
アキラはハルトヴィヒに声を掛けた。
「待ってました。何からすればいい? 容器作りか?」
「そうだな……」
硫酸にも溶けない容器ということで、石英……水晶を使った容器を作ってもらった。
その際に使われた、思いどおりの形に加工する魔法は、いつ見ても目を惹かれる。
予備も含めて3つの容器を用意する。
「それから電極だ」
『負極は海綿状の鉛』とある。海綿、つまりスポンジ状にするのはおそらく表面積を増やすためだろうとアキラは想像した。
「そうだろうな」
ハルトヴィヒも同じ意見で、彼は試行錯誤を重ねたあと、それなりに多孔質の鉛板を作り出してくれたのである。
「いやあ、ハルトは凄いな」
「おだてるなよ」
と、そんなアキラとハルトヴィヒであるが、もう一方の要、リーゼロッテは苦戦していた。
「うー……どうやって板状にすればいいのかしら……」
加熱した鉛を急冷して酸化鉛を作り、それを酢酸に溶かし込むまではうまくいった。
その後、『白金陽極上に鉛イオンを二酸化鉛として電着析出させる』、これがよくわからない。
「陽極、ということはプラスよね。ならマイナス側はどうすればいいのよ!」
電源は発電機を回せばいいというのはわかる。
陽極は白金の板……いや、網を使おうと思っている。では、陰極は?
アキラの『携通』にも、そこまでは書かれていなかったようなのである。
「……試行錯誤しかないわね」
候補に考えているのは銅板、鉛板、白金板である。
リーゼロッテの試行錯誤は続く。
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次回更新は5月27日(日)10:00の予定です。




