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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第13章 雄飛篇
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第二話 有人動力飛行

 ド・ラマーク子爵による定例報告も無事済み、その日が来た。


「アキラ殿、本当にあれが空を飛べるのかね?」

「ええ、飛びますよ」

 同行してきたフィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵は興味深そうに『飛行機』を見つめた。


 全長    :5.5メートル

 全幅(翼幅):8.0メートル

 全高    :2.6メートル

 空虚重量  :340キログラム

 最大離陸重量:700キログラム(推定)

 エンジン  :ハルト式6段回転盤エンジン


 というスペックである。最高速度や航続距離は未知数。

 複葉式で、構造材は厳選された木材でできており、一部金属製の補強が入っている。

 フラップ(高揚力装置)、エルロン(補助翼)、エレベーター(昇降舵)、ラダー(方向舵)を備えており、現代地球の航空機と基本的には変わらない。

 滑走・離着陸用の車輪も付いている。


 もっとも、地球の歴史における世界初の動力飛行に成功したライト兄弟の『フライヤー1号機』も複葉機だ。

 これも、『携通』の情報と、アキラの知識によるアドバイス、そしてハルトヴィヒたちの努力のなせる技である。

 今回の『複葉機』のイメージとしてはソッピース・キャメルにちょっと似ている。

 下翼にのみ上反角が付き、上翼は強度を考えて上反角はなし。構造材が翼の端から端まで通っている。

 魔法のある世界なので、かつての地球におけるそうした飛行機よりも軽く丈夫に仕上がっていた。


「私も昨夜、ひととおり見せてもらいましたが、素晴らしい出来でした」

「ほう」

「似たような形状の『グライダー』では、もう何度も飛んでいるそうですし」

「ほほう」

「とにかく安全に気を配り、確実に飛べるよう、切磋琢磨してこの日を迎えたということです」

「ふうむ」

 アキラの説明に、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵は感心することしきり。

 というのも、王都への馬車の中、アキラから地球における航空史を聞いていたからだ。

 そこには痛ましい墜落事故もあったのである。


 グライダーで墜落したオットー・リリエンタール、アルプス越えに挑んだホルヘ・チャベス、そしておそらく無名の発明家たちも空を目指し、墜落したのであろう。

 しかも馬車での道中は時間があったので、アキラはギリシャ神話の『ダイダロスとイカロス』の話までしてしまったのである。

「うーむ、人はなぜ空を目指すのであろうな」

 その結果、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵は哲学的な悩みを抱えたのであった。


 閑話休題。

 その複葉機、『ヒンメル1』は、滑走路に静かにたたずんでいた。

 今、全てのチェックが終わったところである。

 そしてパイロットであるハルトヴィヒ・ラグランジュが乗り込んだ。

「ハルト……」

「ハル……」

 アキラとリーゼロッテは拳を握りしめていた。

 成功を信じていても、何が起こるかわからない、それが現実だ。

 現に、アキラが元いた現代日本でも墜落事故は皆無ではなかったのだから。


 そして乗り込んだハルトヴィヒが右手を上げて合図をすると同時に、プロペラが回り出した。

 内燃機関ではないので、ほとんど騒音は起きない。


「おお、回ったな」

「いよいよですよ、閣下」

 今回の見届人はアキラ、リーゼロッテ、フィルマン前侯爵。

 それに宰相のパスカル・ラウル・ド・サルトル、魔法技術大臣ジェルマン・デュペーなど王国の重鎮たち。

 警護の近衛騎士団。

 そしてハルトヴィヒの弟子シャルル、アンリ、レイモン、ルイである。

 一般人の立ち入りは禁じられていた。


 そうしたギャラリーが見守る中、『ヒンメル1』はエンジンの出力を上げ、ゆっくりと動き出した。

 最初は人が歩くより遅かったものが、次第に速度を上げていき、人が走るくらいになる。

「おお、すごい速さだな」

「安定していますね」

 そして、ついには馬が全力疾走するよりも速くなった。


 滑走路の半分ほどを走ったところで、パイロットのハルトヴィヒは操縦桿を軽く引き、ペダルを踏み込んだ。

 フラップが下がり、昇降舵がわずかに上がり、機首が上を向く。

 ハルトヴィヒはさらにエンジン出力を上げる。

 車輪が地面を離れた。

 機体はさらに速度を増し、ふわりと浮き上がった。


「おお!」

「飛んだぞ!!」

 『ヒンメル1』は確かに『飛んで』いた。滑走路から、地面から離れて。

 その高度は50センチ、1メートル、2メートル……。速度も上がっていく。

 そして滑走路は尽きたが、『ヒンメル1』はゆうゆうと空を飛んでいた。

 その速度は時速50キロくらいか。

 飛行機としたら低速だが、この設計なら揚力を発生するのに十分な速度である。


「成功だ!」

「大成功だ!!」

「素晴らしい!」

 王国の重鎮たちは興奮気味に『ヒンメル1』を目で追った。


「飛んでるぜ!」

「すげええ!」

「人が乗って、飛んでるんだ!」

 飛行場は立入禁止であったが、遠くから見守っていた人たちがいた。

 彼らは『ヒンメル1』が空を飛んだのを間違いなく目撃した。


 飛行場は台地の上にある。遠くまで飛んでいけば緩斜面となる。

 そのあたりでハルトヴィヒは操縦桿を左へと倒した。同時にスロットルを開け、エンジンの出力を少し上げる。

 機体は操縦桿に従い、機体を左へとバンクさせた。

 傾いた機体は左へと横滑りを始め、連続した横滑りは機体を左旋回させる。

 傾いたことで減った分の揚力はエンジン出力の増加がカバーした。


「おお!」

「やった!」

 『ヒンメル1』は180度水平旋回を行った。

 そしてそのまま往路を戻っていく。

「お、戻ってきた」

 そのままギャラリーの前を通り過ぎ、再度180度旋回し着陸態勢に入った。


「着陸が一番難しいんだが……お、上手いな」

 何度も『グライダー』で練習しただけのことはある、とアキラは感心した。

 そして『ヒンメル1』は無事に着陸。


 この世界初の『有人動力飛行』が成功した瞬間であった。


 着陸した『ヒンメル1』に、真っ先に駆け寄ったのは、アキラではなくリーゼロッテであった。

「ハル!」

「ロッテ!!」


 『ヒンメル1』から降りてきたハルトヴィヒは、駆け寄ってきた愛妻リーゼロッテを固く抱きしめた。

「おめでとう!」

「ありがとう!」

 そこへ、一歩出遅れたアキラも駆け寄ってきた。


「ハルト、おめでとう。ついにやったな!」

「うん、ありがとう」

 リーゼロッテを抱きしめたままハルトヴィヒは右手を差し出し、アキラと固い握手を交わしたのであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は4月6日(土)10:00の予定です。


 20240330 修正

(誤)

「人が乗って、飛んでるんだ!

(正)

「人が乗って、飛んでるんだ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 大空への切符は今、手渡されました。 更に大空への定期券が手渡されるのは未だ先でしょうが、其れも遠い未来では無い事でしょう。
[一言] 更新お疲れ様です! >その複葉機、『ヒンメル1』は、滑走路に静かに佇んでいた。 後に『ハイター1』、『アイゼン1』、『フリーレン1』と言う名の飛行機も作られるのであった……。 仁『そ…
[気になる点] >「人が乗って、飛んでるんだ! >」 改行が余計。 [一言] >内燃機関ではないので、ほとんど騒音は起きない。 風切り音はするだろうね。 >アキラと固い握手を交わしたのであった…
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