第二十二話 凧
ド・ラマーク領では北風が吹く季節である。
桑の木は葉を落としてしまったし、『晩秋蚕』も、いつの間にか皆繭を作り、収穫された。
クルミ集めも一段落し、アキラがやっているのは……。
「おとーさん、それ、なに?」
「うん? 凧だよ」
凧作りであった。
山の奥で見つかった細い竹……笹を使って、『凧』を作っていたのだ。
形はシンプルなひし形。
縦の長さは60センチくらい。
縦横比が1:1.4くらい。つまりA4とかB4といった、半分に切っても縦横比が変わらない、アレである。
『携通』のデータを参考に、縦の骨の上から4分の1のところに横骨を糸で縛り付ける。少し上かな、と思うくらいの方が安定するようだ。
そして紙をしっかりと貼れば完成だ。
紙には赤い絵の具で『龍』と書いた。
糸は丈夫な麻糸。
念のため、1メートルほどの尻尾を取り付けた。
「さて、揚がるかな」
庭に出ると、ちょうどよいくらいの北西風が吹いている。
ちょっと寒いが、凧揚げには絶好だ。
糸目を確認して、凧を風にまかせる……。
「わあ、とんだ!」
「ああ、揚がったな」
なんとか、アキラが作った凧1号は風に乗って揚がっていった。
「よしよし」
風が強くなる冬は、模型飛行機を飛ばすには向かない。
代わりに凧を、とアキラは考えたのだが、それは正解だったようだ。
(うまくいけば、ド・ラマーク領の名物になるといなあ)
すっかり領主としての考えが染みついてきたアキラであった……。
* * *
さて、王都のハルトヴィヒ。
こちらでも、期せずして『凧』を作っていた。
といっても単純な凧ではない。
『飛行機凧』である。
『できるだけ危険のない飛行機の操縦練習』について考えに考えたハルトヴィヒは、『飛行機凧』型のグライダーに乗り込むことを思い付いたのである。
とはいえ、まだうまくいくかどうかは不明。
しかし、シャルル、アンリ、レイモン、ルイら、主要メンバーとの話し合いの結果、『やってみよう』ということになったのであった。
まずは翼長1メートルクラスの試作から開始。
これは1日で完成。
王都の東、2キロほどのところを流れる川の土手で試してみる。
「おお、飛んだ飛んだ」
「いい感じですね」
実機に似せた、複葉の飛行機凧である。
『飛行機凧』は、原理としてはグライダーに近い。
グライダーは空気中を『滑空』するが、飛行機凧は風の中で『飛翔』する。
1つの例として、猛禽類が上昇気流の中、羽ばたかずに飛んでいるようなもの。
「これならほぼ思ったようなものができそうだな……」
最終的にハルトヴィヒは、強風の中で紐付きのグライダーを飛ばそうというのである。
動力がなくても強風の中であれば、滑空しているのと同様に揚力を得ることができる。
滑空していないのだから『対地速度』は0。
浮かんでいた高度から地面に落ちるだけだ。それが1メートル程度なら、大怪我はしないだろう。
これが滑空しての墜落であれば、対地速度は時速数十キロにもなり、高度も数メートルはあるので大惨事となる。
「素晴らしいアイデアですね」
「『風洞』っていう前例がありますから、できそうですよね」
そう、自然の風が得られないなら、魔法による風で浮こうというわけだ。
さすがに数時間も飛び続けることはできないが(できるならその方法で飛行機を開発できる)、1分程度なら魔法で風を吹かせ続けることは可能。
1分とはいえ、繰り返せれば操縦のコツを掴むのには十分だろう。
実機に近いシミュレーターといえる。
「下がやわらかい草なら危険はさらに下がりそうですね」
アンリが言った。
「そうだな」
できる限り危険を減らしたいとハルトヴィヒは考えている。
アキラから聞いた、飛行機の黎明期における墜落事故を繰り返したくなかったのだ。
「『シミュレーション用グライダー』はできるだけ軽いものにしよう」
「そうですね。エンジンも積む必要がないし」
「その代わり、修理しやすい構造にするといいんじゃないでしょうか」
「ああ、ちょっとした墜落はあるかもしれないからな」
そんな話し合いがなされ、設計が進められていった。
* * *
『飛行機開発』は順調なので、このアイデアに対する予算もすぐに下りたし、協力者も見つかった。
練習場所の選定も行われる。
操縦者の安全を考えると、下が水であるというのはなかなかいいのだが、もう初冬なので水が冷たく、心臓麻痺の心配が出てきた。
また、機体の回収も大変だ。
次善の場所として、アンリの言ったような草地が選ばれる。
枯れ草がクッションになってくれるであろう。
機体の製作も順調。
動力飛行はしないので、かなり軽量化が可能だ。
「トネリコの木は粘りがあって丈夫ですね」
「うむ。この木は飛行機向きだな」
飛行機用の木材として選別されたものはトネリコとカシ、クルミ。
トネリコは粘りがあって弾性に富み、折れにくいので構造材に。
カシは重いが丈夫で、かつては橇にも使われたほど耐摩耗性もあるので要所の補強に。
クルミは上記2種よりも軽いので、強度を必要としない構造材にと、それぞれ適材適所で用いることになった、
余談だが、『北欧神話』に登場する『ユグドラシル』はトネリコ(セイヨウトネリコ)であろうと言われている。
ケルト神話でも、魔術と縁が深い木である。
また、野球のバットも、トネリコ材が使われた(現在はアオダモが多い)。
「あとは塗料か……」
「もっと軽いものができるといいんだがな」
今使われているのは、膠をアルコールに溶いた塗料。
西洋画のカンバスの目止めにも使われている。
布張りの機体に塗ると、表面積が大きいため重量もかさむので、軽い塗料が欲しいなと考えるハルトヴィヒなのであった。
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次回更新は2月17日(土)10:00の予定です。




